第80話 『初めてのサイン』
夕方。
北海道グルメフェスの会場は、 昼より少し静かになっていた。
屋台の湯気。 白い息。 溶けかけた雪。
営業を終えた二人は、 まだ少し笑いながら歩いていた。
「いやぁ〜、今日めっちゃウケたな」
瑛太が、 楽しそうに肩を回す。
「ふふっ……うん」
星羅も笑う。
そこへ。
「はいはい、お疲れ様〜」
両手にイカ串を持った島原が現れた。
「また食べてる……」
「北海道を舐めたら駄目よ」
島原は、 どこか誇らしげだった。
「私、レンタカー取ってくるから、あなた達ちょっと回ってきたら?」
「「やった」」
綺麗に声が重なる。
島原は吹き出した。
「ほんと仲良いわねぇ」
そのあと。
「ただし」
瑛太を見る。
「瑛太はすぐ電源切るからね」
「まだ言う!?」
「だから、星羅。あなたに電話するわ」
「はい」
星羅が笑う。
「実績があるのよ実績が」
「ぐっ……」
瑛太が言葉に詰まる。
「ふふっ」
星羅が吹き出した。
「じゃ、ゆっくりどうぞ〜」
ひらひらと手を振りながら、 島原は駐車場の方へ歩いていった。
その途中。
ちらっと振り返る。
並んで歩く二人。
自然な距離。
お揃いのキーホルダー。
「……様になっちゃって」
小さく笑う。
そのまま、 島原は人混みの向こうへ消えていった。
・
「足、どうや?」
瑛太が、 隣を見ながら聞く。
「だいぶ、いいよ」
星羅が、 にっこり笑った。
「ありがとう」
その顔を見て。
瑛太も、 ほっとした顔になる。
「そっか。よかったわ」
そう言って。
ぽん、と星羅の髪を撫でた。
「……ん」
星羅が、 少しだけ嬉しそうに目を細める。
そのあと。
屋台の匂いが、 ふわっと流れてきた。
「何か食べる?」
「そやなぁ」
瑛太が辺りを見る。
「あ、俺らもイカ串食べてみる?」
「島原さん、あんな美味そうに食べるんやから絶対美味いやろ」
「食べたい」
星羅の目が、 ぱっと輝いた。
「よし」
瑛太が、 屋台へ近づく。
「おっちゃん、イカ串二本!」
「はいよ〜!」
威勢の良い声。
炭火の音。
じゅうっと香ばしい匂いが広がる。
すると。
屋台のおっちゃんが、 二人の顔を見て笑った。
「お、ねこごはんの二人だねぇ」
「はい」
瑛太が、 にかっと笑う。
「はい」
星羅も、 ぺこっと頭を下げた。
「面白かったよ〜」
おっちゃんが笑う。
「仕事しながら聞いてたんだけどよぉ、思わず吹き出しそうになったわ」
「ありがとうございます」
瑛太が笑う。
その時だった。
屋台の裏から、 小さな女の子が飛び出してきた。
「あっ!」
きらきらした目。
「ねこごはんの瑛太お兄ちゃんと、星羅お姉ちゃんだ!」
「おっ」
瑛太がしゃがむ。
少女と同じ目線へ降りる。
「名前覚えてくれたんか?」
「うん!」
少女は元気よく頷いた。
そして。
「歓声、一人だった!」
「ずこっ」
瑛太、 綺麗に崩れる。
「あはははっ」
星羅が、 思わず笑い声を漏らした。
そのまま、 星羅も少女の隣へしゃがむ。
「ありがとうね」
「見てくれてたんだね」
少女は、 嬉しそうに何度も頷く。
それから。
じーっと星羅を見る。
「星羅お姉ちゃん、すごい綺麗……」
「ふふふ」
星羅が、 優しく笑った。
「ありがとう」
そっと、 少女の頭を撫でる。
その空気を見ながら。
屋台のおっちゃんが、 ふと思い出したように言った。
「そうだ」
「サイン書いてってよ」
「サイン?」
瑛太が瞬く。
「おう」
おっちゃんは、 屋台のテーブル板を指差した。
「ここに、でっかく頼むわ」
「「えーーー!?」」
二人の声が重なる。
「いいんですか?」
「もちろん!」
おっちゃんが笑う。
「うちの娘も喜んでるしなぁ」
「私のノートにも!」
少女が、 嬉しそうにノートを差し出した。
「はい」
星羅が受け取る。
さらさら、と。
左側へ、 “ねこごはん”とサインを書く。
そのあと。
瑛太が、 自然に右側へサインを書いた。
次は逆。
瑛太がテーブル板の右側へ。
星羅が、 空いた左側へサインを書く。
まるで。
舞台の立ち位置みたいに。
並んで。
隣同士で。
「ありがとう!」
少女は、 ノートをぎゅっと抱きしめた。
その笑顔に。
二人とも、 自然と笑顔になる。
「はいよ!」
おっちゃんが、 串を差し出した。
「イカ串二本!」
「あと、ホタテ串おまけ!」
「えっ、いいんですか?」
「サイン代だサイン代!」
おっちゃんが豪快に笑う。
「また来てくれよ、グルメフェス!」
「その時は、またサービスしてやるから!」
「ありがとうございます!」
星羅が頭を下げる。
瑛太も、 少し照れながら笑った。
「俺たち……」
串を受け取りながら。
「初めて二人でサイン書きました」
「なんか、嬉しかったです」
「……私も」
星羅も、 小さく笑った。
「じゃあ、また!」
「バイバーイ!」
少女が、 大きく手を振る。
二人も、 笑いながら手を振り返した。
・
少し歩いた先。
ベンチへ腰を下ろす。
夕日が、 雪を薄く茜色に染めていた。
「いただきます」
ぱくっ。
「……美味しい」
星羅が、 目を丸くする。
「めっちゃうまいやん!」
瑛太も驚く。
「こりゃ島原さんハマるわ」
「ねぇ、ふふふ」
そのあと。
瑛太が、 ホタテ串を持ち上げた。
「これもヤバいで」
「私、二本も食べれないから一口ちょうだい」
「ええで」
瑛太が差し出す。
「あーん」
「しょうがないなぁ」
嬉しそうだった。
ぱくっ。
「ん〜〜……おいしい」
その瞬間。
「わぁ〜、私にも一口ちょうだ〜い」
「「島原さん!?」」
振り向く。
島原が、 にやにやしながら立っていた。
「たく」
「星羅、電話電源切れてるわよ」
「あっ……!」
星羅が慌ててスマホを見る。
「ご、ごめんなさい」
「あ、いいのいいの」
島原が笑う。
「少しは楽しめた?」
「「はい」」
即答だった。
その返事に。
島原も、 少しだけ嬉しそうに笑う。
「じゃ、駐車場まで一緒に行きましょうか」
「もう一回入れ直したんだからね、レンタカー」
「そのホタテ串で許してあげる」
「ハハハ、ありがとうございます」
「ふふふ」
島原が、 じとっと見る。
「な、何よ」
瑛太が、 星羅と顔を見合わせた。
「島原さんって優しいなぁって」
「ね〜」
「ちょっと! 大人をからかわないの!」
でも。
その声は、 少しだけ笑っていた。
「ほら、行くよ」
三人で歩き出す。
空には、 夕日が広がっていた。
茜色の空が。
北海道の街を、 ゆっくり包み始めていた。




