第79話 『北海道グルメフェス営業』
朝。 北海道グルメフェスの会場は、 開場前から賑やかだった。
湯気。 焼ける匂い。 スタッフの声。 遠くから聞こえるマイクチェック。
「うわ……めっちゃええ匂いする」 瑛太が辺りを見回す。
「朝からお腹空くべ……」 星羅も、小さく笑った。
二人は控室へ入る。 簡易テーブル。 鏡。 壁に貼られたタイムスケジュール。
「十時入りって聞いてたけど、 結構バタバタしてるな」 「人気イベントなんだね」
その時。 星羅が、 小さく顔をしかめた。
「……っ」
「ん?」
瑛太が視線を落とす。
足首。 包帯が少しだけずれていた。
「星羅」 「え?」
「包帯、乱れてる」
「あ……」
ホテルを慌てて飛び出した。 最後、少し走ってしまった。
「無理しすぎたな」
瑛太が、しゃがみ込む。
「さっき、走ったからな……」
「……ごめん」
「謝らんでええ、俺も悪い…ごめんな」
瑛太は自然な手つきで、 鞄から包帯を取り出した。
「座っとき」
「うん……」
椅子へ座る星羅。 瑛太は、その前へしゃがみ込む。
慣れた手だった。
包帯をゆっくり巻き直す。 締めすぎない。 でも、ちゃんと支える。
「痛ない?」
「大丈夫」
「今日は余り動かんでええからな」
真剣な声。
星羅は、少しだけ目を丸くした。
「……はい、瑛太先生」
「茶化すな」
「ふふっ」
でも。 その顔は、少し嬉しそうだった。
・
数十分後。
ステージ袖。
観客の声が聞こえる。
「緊張する?」 瑛太が聞く。
「ちょっとだけ」
「大丈夫や」
瑛太が、そっと笑う。
「止まったら、俺が拾う」
「……うん」
星羅も、小さく頷いた。
スタッフの声が飛ぶ。
「それでは次! ねこごはんさんお願いしまーす!」
「よっしゃ」
瑛太が立ち上がる。
その瞬間。 星羅が、そっと袖を掴んだ。
「ん?」
「……頑張ろうね」
「おう」
自然に笑い合う。
そして。
二人は、並んでステージへ出た。
「どーもー!!」 「ねこごはんでーす!」
わぁぁぁっ――!!
拍手と歓声。
「星羅ちゃーん!」 「星羅ちゃんかわいいー!」 「星羅ちゃん、結婚してー!」
「いや、星羅の声援ばっかやん!」
瑛太が天を仰ぐ。
「って言うか、誰か求婚しとるやつおらんかったか!?」
観客が笑う。
「こちら、ねこごはんの星羅です」
「よろしくお願いします」
星羅が、にっこり笑う。
「きゃー!!」 「星羅ちゃんこっち向いてー!」
「はい〜、営業スマイルもバッチリ決まったところで」
瑛太が前へ出る。
「はい、私がねこごはんの瑛太です、よろしくお願いしまぁーす」
後ろの方から、小さな声。
「瑛太さーん!」
「一人!!」
前のめりにコケる。
観客、大笑い。
瑛太は起き上がりながら、 イケボで手を振った。
「ありがとう。今日は君のために漫才するよ〜」
「えー、私の為に漫才して」
星羅が、むくれる。
「いや、お前漫才する方やないかい!」
「むー」
「しゃあないなぁ」
瑛太が、わざと少しイケボになる。
「星羅、今日は君のためにボケるよ」
「うれしい」
「星羅さん、飯はまだかい?」
「おじいちゃん、ごはんさっき食べたでしょ!」
一拍。
「って、そっちのボケるかーい!」
観客、大ウケ。
「ふがふが」
「おじいちゃん、入れ歯なら頭の上よ」
さらに笑いが起きる。
瑛太は、頭の上にあった入れ歯を装着した。
「ありがとう星羅」
イケボだった。
「いや、素で入れ歯やったんかぁ〜い!」
爆笑。
拍手。
笑い声。
その全部が、 二人を包み込んでいた。
・
「どうも、ありがとうございましたー!」
深く頭を下げる。
「星羅ちゃーん!」 「瑛太くーん!」
「おっ」
瑛太が嬉しそうに笑う。
「ありがとう〜」
二人は手を振りながら、 袖へ戻っていった。
舞台裏。
「はぁ〜……」 星羅が息を吐く。
「めっちゃウケたな」
「うん……楽しかった」
まだ少し熱の残る空気。
その時。
星羅が、じーっと瑛太を見る。
「……“今日は君のために漫才するよ〜”って、言ってた」
「ん?」
「営業なのに」
少しむくれていた。
「いや、マジでむくれてるやん」
「……ふーん」
「営業やん営業」
すると。
星羅が、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、わたしも」
「ん?」
「“貴方のために踊るわ”ってやろうかな」
「いや、何で踊るねん」
「ふふふ」
「ハハハ!」
その時。
「ははは……はい、はい、イチャイチャは後でね」
聞こえた声に、 二人が振り返る。
そこには。
両手にイカ串を持った島原が立っていた。
「島原さん!?」
「隙があったらイチャつくんだから、ほんと」
呆れながら笑う。
「してへんやろ」
「してないよ」
二人の返事が、 ぴったり重なった。
数秒。
「ほら、それ」
島原が呆れた顔をする。
「あ」
「……」
顔を見合わせる二人。
そのまま。
「あはははっ」
先に笑い出したのは星羅だった。




