第77話『朝食バイキングとイクラの破壊力』
朝。
ホテルのエレベーターは静かだった。
ゆっくり下りていく数字を眺めながら、 瑛太は小さく欠伸を噛み殺す。
隣には星羅。
鏡を見ながら、 少しだけ髪を整えていた。
「……眠そう」
「そら眠いやろ……」
瑛太が苦笑する。
さっきまでの空気が、 まだどこかに残っていた。
早朝。
思わず零れた「大好き」。
抱きしめた温度。
思い出すと、 ちょっとだけ落ち着かない。
「……」
「……」
でも、不思議と気まずくはなかった。
むしろ。
隣にいるのが自然だった。
『ポーン』
エレベーターの扉が開く。
「お、朝飯会場や」
「いい香り」
二人は並んで歩き出した。
朝食会場に入った瞬間。
瑛太が止まる。
「……は?」
並ぶ料理。
炊き立てのご飯。
焼き鮭。
海鮮。
湯気の立つ味噌汁。
そして――
「待って待って待って……」
目の前には、 山みたいなイクラがあった。
「朝からこれ食べ放題なん!?」
星羅が吹き出す。
「ふふっ……瑛太、目の輝き凄いよ」
「北海道バグってるやろ!!」
真顔だった。
完全に本気だった。
数分後。
瑛太のトレーは大変な事になっていた。
「盛りすぎやろ……」
「いや、夢あるやろこれは!!」
ご飯の上に敷き詰められたイクラ。
もはや白米が見えていない。
「そんな嬉しそうに食べる?」
「そら嬉しいやろ! 見てみ!? この輝き!」
「イクラ見せられても困るべ……」
「いや、これは芸術や」
「朝から何言ってるの……」
呆れながら、 星羅は鮭をほぐす。
湯気の立つご飯に、 少しだけイクラを乗せた。
「……美味しい」
「やろ!?」
「瑛太が作った訳じゃないべ」
「でも、一緒に食べると美味いやん」
「……ふふっ、そうかも」
星羅が小さく笑う。
瑛太はさっそくイクラ丼を頬張った。
「うっっま……!」
「そんな顔なる?」
「これ毎朝食える人間おるん!?」
「北海道の人に怒られるべ」
「住みたい……」
「移住理由、イクラ?」
「十分やろ」
真剣だった。
星羅が耐えきれず吹き出す。
「ふふっ……あははっ」
「ほら」
「ん?」
星羅の手が伸びる。
口元を軽く触られた。
「ご飯粒」
「あっ……まじ?」
摘ままれる。
近い。
瑛太が止まる。
星羅は気にした様子もなく、 そのまま席へ戻っていった。
「ほんと子供みたい」
「男子は一生こうやねん」
「意味わかんないべ」
くすくす笑う。
イクラに本気で感動している瑛太を見ながら、 星羅は小さく息を吐いた。
こんな朝が来るなんて、 少し前まで思っていなかった。
ただご飯を食べて。
隣で笑ってる。
それだけなのに。
不思議なくらい、 安心していた。
「……星羅?」
「え?」
「さっきから何回か止まってる」
「してないべ」
「いや、止まってる」
「してないって」
笑いながら返す。
その時。
近くにいた店員が声を掛けてきた。
「お写真お撮りしましょうか?」
「「えっ」」
綺麗に声が重なる。
「旅の記念にぜひ」
逃げ道はなかった。
数秒後。
二人は並んで立っていた。
肩が触れる。
「近っ……」
瑛太が小さく呟く。
星羅も少しだけ視線を泳がせた。
でも、離れなかった。
そのまま立つ。
「いきますねー」
カシャッ。
撮影が終わる。
「ありがとうございました」
店員が離れていく。
「……」
「……」
少し照れ臭い。
でも。
どっちも離れないままだった。
席へ戻りながら、 瑛太が小さく咳払いする。
「……今日、仕事終わったら少し観光できるかな」
「行きたいとこある?」
「うーん……」
星羅は少し考えてから笑った。
「瑛太となら、どこでも楽しい」
「……嬉しい事言うやん」
瑛太も笑う。
「俺も」
その言葉に、 星羅の肩が少し揺れた。
その時。
会場の端に小さなお土産コーナーが見えた。
「あっ、お土産屋さんがあるべ」
「ほんまや」
二人は自然にそっちへ向かう。
並ぶ北海道限定グッズ。
キーホルダー。
マグネット。
お菓子。
「したっけ、何かお揃いの買おうよ」
「お揃い?」
「嫌?」
「いや、全然ええけど」
瑛太は棚を見回しながら、 一つ手に取る。
「これとか?」
目玉が飛び出るゾンビのキーホルダー。
「うそ……壊滅的にセンスないべ……」
「なんでや! インパクトあるやろ!」
「怖いだけだよ……」
即却下だった。
「じゃあこれは?」
次に手にしたのは、 火を吐く怪獣。
「はぁ〜……そりゃないべさよ」
「なんでやねん!」
「鞄につけたくない!」
星羅は笑いながら首を振る。
瑛太は「むぅ」と唸りながら棚を見る。
その時。
「あ」
小さなオムライスのキーホルダーが目に入った。
星羅の目がぱっと明るくなる。
「オムライス!」
「良いんじゃない?」
「二人が仲良くなった――」
「「オムライス」」
また声が重なる。
顔を見合わせる。
次の瞬間。
どちらからともなく笑っていた。
「ええやん」
「一時はどうなるかと思ったけど、良いのみつけたね」
「ほんまにな」
購入したキーホルダーを、 それぞれの鞄につける。
小さなオムライスが、 歩くたびに並んで揺れていた。




