第75話 『眠れない夜』
浴室の扉が閉まった瞬間。
星羅はソファーに顔を埋めた。
「…………」
「……何やってるんだべ、私……」
耳が熱い。
心臓がうるさい。
さっきの会話……
『一緒に入る?』
『なんちゃって』
瑛太の笑顔。
そのあと……
自分は、 何て返した?
「……うん」
「うぅぅ……言っちまっただぁ」
ソファへ顔を埋め、 バタバタする。
顔が熱かった。
でも……
嬉しかっただ……
照れ隠しでも、 一緒に入るって言葉……
嬉しかった。
半分は…… 本気だった……
・
シャワーの音が聞こえる。
さっきまで、 自分が入っていた場所。
今は、 瑛太がいる。
「…………」
意識した瞬間、 また心臓が跳ねた。
落ち着かない。
夜景を見ようとして、 窓へ視線を向ける。
札幌の街が、 静かに光っていた。
綺麗だった。
でも今は。
それより。
頭の中が、 瑛太でいっぱいだった。
「……だめだべ」
小さく呟く。
そのとき。
ガチャ。
浴室の扉が開いた。
「ふぅ〜……」
瑛太が、 タオルで髪を拭きながら出てくる。
そして。
止まった。
「…………」
「…………」
目が合う。
二人とも、 一瞬固まる。
瑛太は、 慌てて視線を逸らした。
「お、おう……」
「……おうって何だべ」
星羅が、 思わず吹き出す。
「いや、何か…… さっきの流れのあと、 どう出て行ったらええのか、 わからへんようになって……」
瑛太は、 頭をポリポリかいてる。
「ふふっ……」
星羅が笑う。
その笑顔を見て、 瑛太も少しだけ力が抜けた。
「足、大丈夫か?」
「うん。平気」
「湿布は?」
「しただよ」
「なら良かったべ」
「あー、瑛太真似したべ」
「あはは、ごめんごめん」
会話は普通。
なのに。
どこか、 普通じゃない。
さっきまでの空気が、 まだ残っていた。
・
ベッドは、 一つだった。
「…………」
「…………」
二人同時に見る。
そして、 同時に逸らす。
「……いや、まぁ」 瑛太が咳払いした。
「広いし?」
「……うん」
「端と端なら、 たぶん大丈夫やし?」
「……何が?」
「知らん!!」
瑛太が、 一人で赤くなる。
星羅は、 堪えきれず笑った。
・
部屋の灯りを落とす。
夜景だけが、 静かに部屋を照らしていた。
ベッドへ入る。
距離は、 ちゃんと空いている。
それなのに。
近い。
「…………」
眠れない。
隣に、 瑛太がいる。
それだけで、 変に意識してしまう。
「……瑛太」
「ん……?」
少し眠そうな声。
「起きてた?」
「寝れるわけないやろ……」
「ふふっ……一緒だ」
静かな笑い声。
そのあと。
また、 少し沈黙が落ちた。
窓の外では、 雪がゆっくり降っていた。
「……ねぇ」
「ん?」
「今日、楽しかったね」
「……おう」
瑛太が、 小さく笑う。
「北海道来てから、 めっちゃ楽しいわ」
その言葉に。
星羅の胸が、 少しだけ熱くなる。
「……私も」
小さく返す。
それだけなのに。
どうしてか、 泣きそうになるぐらい嬉しかった。
「…………」
静かな夜。
眠れないまま。
時間だけが、 ゆっくり流れていく。
そのとき。
「……寒ない?」
瑛太が、 小さく呟いた。
「……ちょっとだけ」
「暖房つける?」
「……ううん」
星羅は、 少しだけ迷う。
それから。
ゆっくり。
瑛太の方へ近づいた。
「…………」
ベッドが、 少しだけ揺れる。
瑛太が固まる。
星羅は、 そのまま。
そっと、 瑛太へ抱きついた。
「せ、星羅……?」
「……ちょっとだけ」
声が小さい。
「この方が…… あったかいから」
「…………」
瑛太の心臓が、 また大きく跳ねる。
でも。
振り払いたくなかった。
むしろ。
離したくなかった。
恐る恐る。
瑛太の手が、 星羅の背中へ触れる。
抱きしめる。
宝物みたいに。
「…………」
顔が近い。
呼吸が触れそうだった。
星羅が、 そっと目を閉じる。
瑛太も、 小さく息を飲んだ。
大事すぎて。
もう、 止まれそうになかった。
重なった鼓動が、 少しずつ境界を溶かしていく。
友達とも、 相方とも違う。
名前をつけるには、 まだ少しだけ不器用なまま。
それでも。
この夜を境に、 二人の想いは、 もう戻れないところまで来ていた。
窓の向こう。
札幌の夜景が、 静かに滲んでいた。




