第72話 『夜景の向こう』
「……嘘やろ」
「……嘘でしょ……」
扉の先。
そこに広がっていたのは――
札幌の夜景だった。
大きな窓の向こう。
街の灯りが、まるで宝石みたいに輝いている。
高層階から見下ろす景色。
静かな夜。
その全部に、
二人とも言葉を失っていた。
「……すごい」
星羅が、小さく呟く。
そのまま、
吸い寄せられるみたいに窓へ近づこうとして――
「っつ……」
足が止まる。
「ほら」
瑛太が、すぐ隣へ来た。
「気いつけなあかんで」
「……ごめん」
そう言って。
瑛太は、自分の肩を軽く叩いた。
「とりあえず、掴まっとき」
「……うん」
星羅が、そっと掴まる。
「よし。ゆっくり行くで」
一歩ずつ。
ゆっくり窓へ近づいていく。
歩くたび、
目の前の景色が広がっていく。
札幌の街。
白く残る雪。
遠くまで続く灯り。
「……綺麗」
星羅が、息を漏らすみたいに言った。
「ほんまやな……」
瑛太も頷く。
でも。
瑛太が見ていたのは、
夜景じゃなかった。
窓の光を映した、
星羅の横顔。
(……可愛ええ)
思わず、
そんな言葉が浮かぶ。
その瞬間。
♪♪♪
突然、スマホが鳴った。
「うおっ!?」
瑛太、飛び跳ねる。
画面を見る。
『島原』
「……」
無言で電源を落とした。
その直後。
今度は、
星羅のスマホが鳴る。
「……あ」
画面を見る。
『島原さん』
恐る恐る通話を押した。
「はい、相原です」
『瑛太一緒? あいつ電源切ったのよ……』
「……はい」
『………ん?』
島原が、一瞬止まる。
『もしかして……電源切ったって事は……』
「……」
星羅が、ちらっと瑛太を見る。
瑛太、ものすごい勢いで首を横に振っていた。
『えっと……もしかして、間が悪かったかな?』
「……はい。そうかもしれません」
「ぶっ……!」
瑛太が吹き出す。
『えっ、ちょ、何その空気!?』
島原が慌てる。
星羅は、少しだけ笑いながら言った。
「また、後ほど連絡しますね」
『あ、うん……』
通話が切れる。
数秒。
静寂。
「……どっかに監視カメラとか無いよな?」
瑛太が、きょろきょろ辺りを見る。
「ふふっ……本当に」
星羅が、口元を押さえて笑った。
その笑いにつられて。
瑛太も笑い出す。
張っていた緊張が、
少しだけ解けていった。
・
「よし」
瑛太が、気持ちを切り替えるみたいに言った。
「夜景は逃げへんから、先に足の治療しよか」
「……うん」
ソファまで移動する。
瑛太は、
そっと星羅を座らせた。
そのあと、
真剣な顔になる。
「俺な、昔バドミントン部やってん」
「へぇ」
「捻挫の怖さ、結構知ってるねん」
そう言いながら、
キッチンへ向かう。
「とりあえず氷持ってくるから、痛いとこ確認しといて」
「ありがとう、瑛太」
その声に。
瑛太が振り返る。
「任せとけ」
にかっと笑う。
「すぐ楽にしたるから」
その笑顔に。
星羅の胸が、
少しだけ高鳴った。
・
瑛太が、
部屋のタッチパネルを押す。
静かにカーテンが閉まり、
照明がふわっと灯った。
「うお……すご」
ちょっと感動する。
そのまま氷を袋へ入れ、
タオルと一緒に持って戻った。
「お待たせ」
「あ、瑛太」
「ん?」
「私の鞄、取ってくれる?」
「おう」
渡された鞄を開けた星羅は、
そこから湿布、ハサミ、包帯を取り出した。
「よろしくお願いします」
三点セットを差し出す。
「……」
瑛太、止まる。
「なぁ」
「?」
「その鞄、四次元に繋がってへん?」
「失礼だべ」
星羅が吹き出した。
・
瑛太は、
星羅の膝へタオルを乗せる。
「ごめんな。ちょっと触るで」
そう言って。
そっと、
星羅の足首へ手を添えた。
「ひゃっ……!」
「えっ!?痛かった!?」
「ち、違うんだべ!」
星羅が、
耳を赤くしながら首を振る。
「ちょっと、びっくらしただけだべさ……」
「……そっか」
瑛太が、
少しだけ安心した顔をする。
「出来るだけ痛くないようにするからな」
「……うん」
その声は、
少し小さかった。
瑛太が、
慎重に足首を動かす。
「どう?」
「ちょっと痛いぐらい……」
「これは?」
別方向へゆっくり動かす。
「あ、そっちは大丈夫」
「なら軽めやな」
瑛太が、小さく息を吐く。
「よかった」
氷をタオル越しに当てる。
「ひゃっ」
「ちょい我慢やで」
真剣な顔だった。
その顔が、
妙に近い。
星羅の心臓が、
また少しだけ跳ねた。
・
しばらくして。
「よし。だいぶ腫れ引いたな」
瑛太が立ち上がる。
「ちょっと立ってみ?」
星羅が、
恐る恐る立ち上がる。
「……あ」
一歩。
二歩。
「痛くない!」
ぱっと笑顔になる。
「ほんまか!? よかったぁ〜!」
瑛太が、
ソファへひっくり返る。
心底安心した顔だった。
「ありがとう、瑛太」
「ええよ。とりあえず風呂入ってきぃ」
「あとで湿布と包帯ちゃんとするから」
「……うん」
そのあと。
星羅が、
少し悪戯っぽく笑った。
「……一緒に入る?」
「入らへんわ!!」
瑛太、即答。
耳まで真っ赤だった。
「俺はリビングで明日のネタ書いとくから!」
「ゆっくり入ってきぃや!」
「はぁ〜い、瑛太ママ」
「誰が瑛太ママやねん!」
星羅が笑う。
そのまま鞄を持って、
バスルームへ向かった。
扉が閉まる。
静かになる。
「……さてと」
瑛太が、
テーブルへ向かう。
「明日のネタでも……」
そのとき。
シャワーの音が聞こえてきた。
「…………」
止まる。
数秒。
「…………っ」
今さら。
一気に意識し始める瑛太だった。




