第70話 『片方の手袋』
店を出た瞬間。
「うー……寒っ」
瑛太が、肩をすくめた。
吐いた息が白い。
昼間よりも、 少しだけ風が強くなっていた。
「だから言ったべ」
星羅が、くすっと笑う。
「北海道は寒いんだべさ」
「いや、これは反則やろ……」
瑛太は、ぶるっと身体を震わせた。
さっきまで海鮮丼で大騒ぎしていたのに、 今は完全に寒さへ負けている。
その姿が、 少しだけ面白かった。
「瑛太、手袋は?」
「……忘れた」
「もう」
星羅が、小さく息を吐く。
それから。
自分の右手の手袋を外した。
「はい」
「ん?」
「貸したげる」
瑛太が、少し目を丸くする。
「え、でも星羅寒いやろ」
「片方あるから大丈夫だべ」
そう言って。
星羅は、瑛太の左手へ手袋をはめた。
そのあと。
「片一方は……はい」
「え?」
自然な動きだった。
星羅が、 そのまま瑛太の右手を握る。
「っ……!?」
そして。
繋いだ手ごと、 自分のコートのポケットへ入れた。
「これで、温かいべ」
にっこり笑う。
「…………」
瑛太、止まる。
近い。
普通に近い。
しかも。
ポケットの中で、 手が完全に触れている。
「ほ、ほんまやな……」
少しだけ声が裏返る。
星羅は、 そんなこと気づいてないみたいに、 前を向いたまま歩いている。
「北海道、まだ春前だからね」
「お、おう……」
瑛太の頭は、 もうそれどころじゃなかった。
歩くたび。
少しだけ肩が触れる。
ポケットの中で、 指先が触れる。
そのたびに。
心臓が、 変な音を立てた。
「……?」
ふと。
星羅が、不思議そうに顔を覗き込む。
「瑛太、顔赤いべ?」
「寒いからや!!」
「ふふっ」
完全に嘘だった。
でも。
星羅は、 楽しそうに笑うだけだった。
・
・
・
空港へ戻る道。
夕方の札幌は、 昼より少しだけ静かだった。
「荷物取ったら、ホテルだね」
「……せやな」
瑛太が、小さく頷く。
夕方の札幌。
吐く息は白くて、 風はまだ冷たい。
でも。
ポケットの中の手だけは、 ずっと温かかった。




