第69話 『北海道が溢れてる』
札幌の空気は、思っていたより冷たかった。
空港を出た瞬間。 白い息が、ふわりと浮かぶ。
「うわっ……」
瑛太が、肩をすくめた。
「ちょっと待って。雪、まだこんな残ってるなんて聞いてない」
周囲には、まだ雪景色が広がっている。
道路脇。 屋根の端。 日陰。
三月下旬とは思えない景色だった。
「ふふふ」
その横で。
星羅が、どこか嬉しそうに笑う。
「なまら、情けないべな」
「……ん?」
瑛太が止まる。
「今なんて?」
星羅が、小さく吹き出した。
「標準語で言ったら、“本当に、情けないなー”って感じだべ。関西弁で言ったら、“ほんま”だべよ」
「そうか……って、情けなくないわ。関西では、こんなに雪降らへんし」
「ふふふ」
冷たい風が吹く。
札幌の空気。 懐かしい匂い。 見慣れた雪景色。
その全部が、少しだけ星羅の心を軽くしていた。
「したっけ、何食べるべ?」
「えっ」
瑛太の目が輝く。
「北海道来たら、海鮮やろ!?」
「ふふふ、まるで観光客だべ」
「否定できへんわ」
二人で笑う。
瑛太が、自分のキャリーケースを軽く持ち上げた。
「でも、この荷物どうする?」
「あー、なら、空港のロッカーに預けるべ」
自然に歩き出す。
「……」
瑛太、数秒止まる。
「星羅」
「ん?」
「北海道がめっちゃ溢れてるで」
「どういう意味?」
「何かもう、空港出てからずっと“だべ”が止まらへん……可愛すぎや」
「っ……!」
星羅が、ぴたりと止まる。
そのあと。 少しだけ視線を逸らした。
「……知らない」
口を尖らせる。
その反応が、 もう可愛かった。
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『カチャリ』
ロッカーに鍵をかける。
身軽になったところで。
星羅が、くるりと振り返った。
「んだら、行くべ」
「おう」
二人は、そのまま札幌の街へ歩き出した。
雪解けの道。 まだ冷たい風。 見上げた空は、どこまでも高かった。
「瑛太、転ばないでね」
「子供扱いすな」
「さっき雪見てテンション上がってた人が?」
「しゃあないやろ」
「ふふふ」
歩きながら。
瑛太が、ふと店先を指差した。
「あ」
「ん?」
「なぁ星羅」
「なに?」
「北海道来たら、やっぱこれやろ」
視線の先。
メロンソフトの看板。
星羅が、少し呆れた顔になる。
「……また?」
「今度は腹壊さん」
「信用できないべ」
「ひどっ」
でも。
二人で一つを買った。
冷たい風の中。
並んで歩きながら、 瑛太がソフトクリームを差し出す。
「……一口いる?」
「えっ」
星羅が、少しだけ止まる。
でも。
「……じゃあ、ちょっとだけ」
小さく近づく。
ぱく。
「……」
瑛太、止まる。
「……どう?」
「……美味しい」
星羅が、小さく笑う。
その笑顔を見ながら。
瑛太も、少しだけ笑った。
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昼過ぎ。
二人は、札幌の海鮮丼の店へ入っていた。
「うわぁ……」
運ばれてきた丼を見て、 瑛太の目が丸くなる。
サーモン。 イクラ。 カニ。 マグロ。
色鮮やかな海鮮が、 これでもかと並んでいた。
「すご……」
「ふふふ、観光雑誌みたいな顔してるべ」
「いや、だってこれ反則やろ……」
瑛太は、恐る恐るイクラを口へ運ぶ。
その瞬間。
「……っ!!」
止まる。
「待って」
「ん?」
「イクラって、飲み物やったん!?」
「ぶふっ」
星羅が吹き出した。
「何それ」
「いや、だって消えた!!」
「消えないべさ」
「ほんでサーモンもやばい」
「え、北海道すごない?」 「何これ、毎日これ食べれるん?」
完全に少年だった。
その姿を見ながら。
星羅は、 どこか嬉しそうに笑う。
「そんな喜んでもらえると、何か嬉しいべ」
「そりゃ喜ぶよ!」
瑛太が、きらきらした目で言う。
「北海道、めっちゃええ所やな!」
その言葉に。
星羅は、少しだけ目を細めた。
窓の外には、 まだ雪の残る札幌の街。
懐かしい景色。
でも今は。
その景色の中に、 瑛太がいる。
それが、 少しだけ嬉しかった。




