第67話『北へ向かう二人』
朝。
事務所のドアが開く。
「「おはようございます」」
ぴったり重なった声に。
島原は、すでに笑いを堪えていた。
「おはよう」
机の上から封筒を取り上げる。
「はい、飛行機のチケット」
瑛太が受け取る。
「ありがとうございます」
「ホテルはこっちで取ってるから」
島原は、書類をめくりながら続けた。
「着いたら、とりあえずチェックインしてね」
「仕事は明日から」
そのあと。 ふっと笑う。
「今日は、北海道満喫してきなさい」
「え、いいんすか?」 瑛太が目を丸くする。
「いいのいいの」 島原が肩をすくめた。 「あんたら、ちゃんと頑張ってるから」 「ご褒美ってやつ」
「やった」 星羅が、ぱっと笑う。
瑛太も、つられて笑った。 「やったな」
「その代わり」 島原が指を立てる。
「ハメ外しすぎないように」
「はい」 「はーい」
「私は明日合流するから」
「ネタもちゃんと用意しとくのよ?」
そして。 じーっと瑛太を見る。
「特に瑛太」
「なんで俺だけ!?」
「あと」 島原が、にやっと笑う。
「思う存分イチャイチャしてよし」
「っ……!」 「っ……!」
二人そろって固まる。
島原、満足そうに頷く。
「ただし」
「お姉さん合流した時、嫌な顔しないでね?」
わざとらしく、うるっとした顔。
「し、しませんよ!」
「そ、そうですよ!」
「はい」 島原が吹き出す。
「綺麗に動揺受け取りました〜」
「あはは……」
「こんな綺麗な反応、初めて見た」
二人は、そろって視線を逸らす。
島原は、ひとしきり笑ったあと。
少しだけ優しい顔になった。
「まぁ、仕事はちゃんとしてね」
短く。
でも、ちゃんとマネージャーの顔だった。
「後は――あなた達の時間だから」
「……」 「……」
二人とも、少しだけ黙る。
その空気ごと見透かしたみたいに。
島原が、パンと手を叩いた。
「ほらほら」
「飛行機の時間、近いんじゃない?」
瑛太が時計を見る。
「うわ、ほんまや」 「やば」
すぐに荷物を掴む。
「星羅、行くぞ」
「うん」
星羅は、振り返って小さく頭を下げた。
「島原さん、また現地で」
「はいはい、気をつけてね」
二人が、並んで事務所を出ていく。
バタバタした足音。
開くドア。
朝の光。
そして。
「……」
島原は、ぽつりと呟いた。
「普通に手ぇ繋いでるし……」
さっきまで照れていたくせに。
気づけば、自然に指を絡めて歩いていた。
その背中を見送りながら。
小さく笑う。
「……私も、応援してる場合じゃないわね」
誰もいなくなった事務所。
窓の外では、春の風が揺れていた。
島原は、コーヒーを一口飲む。
「あーあ」
「どっかに、私の運命の人いないのかなぁ……」
そのときの島原は、まだ知らなかった。
自分もまた。
誰かに、心を振り回される日が来ることを。




