表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
67/87

第66話『一人じゃない今』

事務所の窓から、朝の光が差し込んでいた。

机の上には、積み上がった資料。

コーヒーメーカーの小さな音。

まだ始まったばかりの空気が、ゆっくり部屋に広がっている。

「ちょっと資料取ってきます」

瑛太が、別室の棚を指差す。

「はいはい、お願いね」

島原が軽く手を振った。

ドアが閉まる。

部屋の中に、少しだけ静けさが落ちる。

「……」

星羅は、ソファに座ったまま窓の外を見た。

風が、木々を揺らしていた。

「はい」

「熱いうちにどうぞ」

島原がほほ笑みながら。


星羅の前に、湯気の立つマグカップをコトンと置いた。

「……ありがとうございます」

星羅は、そっとカップを持ち上げる。

一口。

温かさが、ゆっくり喉を落ちていく。

「……温かい」

ぽつり、と漏れる。

その声に。 島原が、少しだけ目を細めた。

「……故郷に帰るの、怖いのかな?」

「……」

星羅は、すぐには答えなかった。

窓の外。

揺れる木の影を、ぼんやり見つめる。

「……結果が出たら、帰ろうって思ってたんです」

静かな声。

「でも、全然帰れなくて」

少しだけ、視線が落ちる。

「女優も、辞めちゃったし……」

「……」

島原は、何も急かさない。

ただ、静かにコーヒーへ口をつける。

「結果は、これから出したらいいんじゃない?」

その声は、柔らかかった。

「あなたの人生だもの。誰かが決めることじゃないと思うな」

星羅は、小さく笑う。

でも、その目はまだ揺れていた。

島原は続ける。

「それに……別に、逃げることは悪いことでも何でもないのよ」

「……はい」

小さく頷く。

それから。

少しだけ間を置いて。

「……でも」

星羅が、ゆっくり顔を上げる。

「今回は、帰れそうな気がします」

島原が、少しだけ目を細めた。

「そっか……」

短く。

でも、ちゃんと受け止める声。

「理由、聞いてもいい?」

「……」

星羅は、少しだけ迷う。

そのとき。

別室の向こうから、瑛太の声が聞こえた。

「あっぶな! 風で飛ぶ飛ぶ!」

ガサガサと、紙の擦れる音。

星羅の口元が、少しだけ緩む。

「……今、一人じゃないので」

小さな声だった。

でも、はっきりしていた。

島原は、それを聞いて吹き出す。

「はいはい、ごちそうさま」

「ち、違いますよ……!」

星羅が慌てる。

その反応を見て、島原はくすっと笑った。

「でも、本当に無理はしなくていいと思うよ」

コーヒーを一口飲む。

「結果は、二人で出したらいいんじゃない?」

「……はい」

「それに」

島原は、ゆっくり立ち上がった。

窓の外を見る。

「女優を辞めたわけじゃないでしょ?」

星羅が、顔を上げる。

「今は、“ねこごはんの相原星羅”をやってるだけ」

少しだけ振り返る。

「“女優の相原星羅”は、ちょっと休憩中」

「……」

星羅の目が、少しだけ揺れる。

島原は、小さく笑った。

「星羅」

「あなた、自分じゃ気づいてないかもしれないけど」

朝の光が、窓から差し込む。

「今、とても輝いてるわよ」

「……」

「いい相方に出会えたね」

その言葉に。

星羅は、ゆっくり笑った。

「……はい」

その笑顔は、昨日より少しだけ柔らかかった。


ガチャ。

ドアが開く。

「風強いわぁ〜」

資料を抱えた瑛太が戻ってくる。

「飛ばされるかと思ったわ」

ニッと笑う。

その顔を見て。

星羅も、少しだけ笑った。

瑛太は、そのまま机へ資料を置く。

「島原さん、俺にもコーヒーくださいよ」

「いいよ。そこにあるからご自由に」

「えー、入れてくれへんの?」

「甘えるな」

「冷たっ」

ぶつぶつ言いながら、自分でコーヒーを入れる。

その背中を見ながら。

島原が、ふっと笑った。

「瑛太」

「はい?」

振り返る。

島原は、少しだけ真面目な顔になる。

「星羅を頼んだよ」

瑛太は、一瞬だけきょとんとしたあと。

すぐに笑った。

「あー、そりゃ勿論」

コーヒーを持ちながら。

当たり前みたいに言う。

「俺の大事な相方やからな」

島原が、じっと見る。

「……大事な人でもあるんでしょ?」

「っ……」

瑛太の動きが止まる。

「そ、そりゃまぁ……そうですけど……」

頭をぽりぽり掻く。

その瞬間。

バシン!!

「痛っ!?」

島原が、思いっきり背中を叩いた。

「しっかりしなさい、あなたの大事な人なんでしょ?頼んだわよ」

瑛太は、少しだけ目を丸くする。

それから。

真っ直ぐ頷いた。

「……はい」

短く。

でも、逃げない声だった。

島原は、満足そうに頷く。

「よし」

それから、星羅を見る。

「星羅。あとで、少し話そっか」

星羅は、小さく息を吐いた。

それから。

ゆっくり頷く。

「……はい」

その顔は。

少しだけ、晴れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ