第59話『なんでもない会話』
喫茶アルデンテ。
昼。
いつもの席。
マスターが、オムライスを二つ置く。
湯気がゆっくり立ち上る。
ケチャップの匂いが、ふわっと広がる。
「どうも」
「ありがとうございます」
スプーンを手に取る。
同時に、少しだけ止まる。
目が合う。
でも。
すぐに逸れる。
一口、食べる。
「……うまいな」
「うん」
それだけ。
いつもなら、もう少し続く。
でも今日は、続かない。
「……」
「今日のネタなんやけど」
「うん」
少しだけ間が空く。
「最初の入り、もうちょい軽くせぇへん?」
星羅が、少し考える。
「……軽く?」
「せやな、もっとこう……」
言いかけて、止まる。
(ちゃう)
言いたいのは、それじゃない。
「……いや、ええわ」
引く。
星羅の手が、少しだけ止まる。
「よくないよ」
小さい声。
でも、はっきりしている。
「……」
言葉が出ない。
「だって、それ大事でしょ」
「……うん」
それだけ。
沈黙が落ちる。
スプーンの音だけが、静かに響く。
「……どこ変えたいの?」
「……」
一瞬、考える。
(どこやったっけ)
頭の中にはある。
でも、まとまらない。
「……なんとなくや」
それだけ。
星羅が、少しだけ視線を落とす。
「……そっか」
その一言が、少し遠い。
マスターが、水を置く。
何も言わずに。
空気は静か。
でも。
いつもの静けさとは、少し違う。
「……午後どうする?」
「ネタ合わせ、する?」
「……するか」
「……うん」
また、食べる。
味は、同じ。
でも。
少しだけ、違う。
食べ終わる。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
立ち上がる。
伝票を取る。
手が、少しだけ触れる。
一瞬。
でも、すぐに離れる。
「俺出すわ」
「ううん、半分出す」
「ええって」
「いいから」
言葉が少しだけ重なる。
でも、それ以上は続かない。
店を出る。
昼の光。
並んで歩く。
距離は変わらない。
でも。
少しだけ、遠い。
言葉はある。
でも、繋がらない。
なんでもない会話。
の、はずだった。




