第58話『噛み合わない』
スタジオ。
ライトとカメラの前。
本番前の空気は、少しだけ静かだった。
「……」
瑛太が、小さく息を吐く。
瑛太「いけるか?」
星羅「うん」
短い返事。
いつもと同じはずなのに、
ほんの少しだけ、間がある。
昨日のことが、よぎる。
ドアの前。
止めなかった、あの一瞬。
(……さっきも、結局聞けへんかったな)
言葉は、出てこない。
「本番いきまーす!」
空気が切り替わる。
立ち位置につく。
いつも通りのはずなのに、
どこかだけ、噛み合っていない。
「どうもー!」
瑛太が声を出す。
星羅も続く。
でも。
ほんの少しだけ、間がズレる。
来るはずの言葉が、来ない。
「……いや今のな?」
瑛太が繋ぐ。
少し強引に拾う。
笑いは起きる。
でも。
浅い。
星羅が、次の言葉を探す。
(今、何て言うんだっけ)
一瞬、止まる。
(……なんか違う)
昨日の距離が、残っている。
ネタは進む。
でも、最後までどこかズレたまま終わる。
拍手が起きる。
でも。
軽い。
楽屋。
ドアが閉まる。
「……」
沈黙が落ちる。
瑛太が椅子に座る。
星羅も、少し遅れて座る。
しばらく、誰も口を開かない。
「……さっきの」
瑛太が言いかける。
でも。
続かない。
(ちゃうやろ)
(言いたいの、それちゃう)
喉の奥で、言葉が止まる。
「……ちょっとズレてたな」
出てきたのは、それだけだった。
星羅が、少しだけ俯く。
「……うん」
一瞬、間が空く。
「……ごめん」
小さな声。
「……いや」
瑛太がすぐに返す。
でも。
(それちゃうやろ)
言葉が、続かない。
星羅も、それ以上言わない。
沈黙が、少しずつ広がる。
本当は――
「昨日……ドアの前で、なんで止まったん?」
そこまで出かけて、止まる。
星羅も――
(……止めてほしかった)
その言葉を、飲み込む。
「……なんでもない」
また、同じ言葉。
それが、少しだけ距離を遠くする。
誰も、嘘はついていない。
でも。
本当のことも、言えていなかった。
「……」
瑛太が立ち上がる。
星羅も、あとに続く。
目が合う。
でも。
少しだけ、逸れる。
言えば、変わる。
言わなければ、続く。
二人は、何も言わないまま。
次の現場へ向かった。




