第60話『止まれなかった言葉』
昼。
人通りの多い交差点。
車の音。
人の声。
信号の電子音。
並んで歩く。
「……」
会話はない。
靴音だけが続く。
でも。
どこか、噛み合っていない。
「……さっきのさ」
言いかける。
でも、続かない。
「……うん」
それだけ。
横断歩道。
青。
人が、一斉に動く。
その中で。
星羅の足が止まる。
一歩が、出ない。
人が避ける。
流れが、少し乱れる。
でも、すぐに戻る。
瑛太が振り返る。
「……どうした?」
星羅は、少しだけ下を向く。
周りの音が、やけに大きい。
「……ねえ」
小さな声。
「ん?」
一瞬、間が空く。
「昨日さ」
空気が止まる。
「なんで止めなかったの?」
まっすぐな声。
人が横を通り過ぎる。
笑い声。
でも。
ここだけ、静か。
「……」
言葉が出ない。
(言え)
(今やろ)
でも。
「……別に」
一瞬。
星羅の表情が止まる。
「……あの時」
喉が引っかかる。
「止めても、困るやろ」
出てしまう。
空気が変わる。
「……は?」
小さい。
でも、温度が違う。
「……いや」
目を逸らす。
「ああいうの、勢いで言うもんちゃうやん」
分かっている。
違う。
「……変な空気なるし」
足元を見る。
逃げているのが分かる。
「……違うでしょ」
はっきりとした声。
「……何がや」
少しだけ、苛立ち。
「分かってるでしょ」
一歩、近づく。
距離が、一気に縮まる。
「止めてほしかったの」
震えている。
でも、止まらない。
「あの時……止めてほしかった」
溢れる。
「なんで何も言わなかったの?」
「なんで、あのまま帰したの?」
息が荒くなる。
周りの視線。
でも、もう止まらない。
「……」
何も言えない。
「……ごめん」
やっと出た言葉。
でも。
足りない。
「……違う」
星羅が小さく笑う。
首を振る。
「そういうのじゃない」
一歩、下がる。
距離が戻る。
でも。
もう、同じじゃない。
「……もういい」
その一言。
止めたい。
でも。
足が、動かない。
星羅は振り返らない。
そのまま、人の流れの中へ消えていく。
音が戻る。
日常が戻る。
でも。
瑛太だけが、止まっていた。




