第52話『同じリズムで』
スタジオ。
ライトが、少しだけ眩しい。
客席のざわめきが、ゆっくりと波みたいに広がっている。
袖。
「……」
瑛太は、軽く息を吐いた。
横に、気配。
「……瑛太」
星羅の声。
少しだけ、近い。
「ん?」
振り向く。
目が合う。
ほんの一瞬。
それだけで、分かる。
「……いけるか」
小さく聞く。
星羅は、少しだけ笑った。
「うん」
それだけ。
でも、十分だった。
「ねこごはん、スタンバイお願いしまーす!」
スタッフの声。
「……行くで」
瑛太が、一歩前に出る。
その横に、並ぶ。
自然に。
「うん」
呼吸が、合う。
それだけで、もう崩れない。
「どうぞー!」
背中を押される。
光の中へ。
*
「どうもー!」
声が、重なる。
客席から、ぱらぱらと拍手。
「ねこごはんです、お願いしますー!」
軽く一礼。
顔を上げる。
いつもの景色。
でも――
今日は、少し違う。
(……近いな)
横。
星羅がいる。
距離じゃない。
“感覚”が、近い。
「いや〜、最近あったかくなってきましたねぇ」
瑛太が切り出す。
「そうだね」
星羅が受ける。
「春やで、春」
「うん」
一拍もズレない。
「春といえば、やっぱりあれやろ?」
「何?」
「食欲の春や」
「それ年中でしょ」
即ツッコミ。
客席、くすっと笑う。
(……ええやん)
自然に、流れる。
「いや、ちゃうねん」
「春は特別やねん」
「何が違うの?」
「なんか……こう……」
少しだけ、間。
星羅を見る。
目が合う。
「一緒に食べたくなるやん」
一瞬。
空気が、ほんの少しだけ変わる。
でも。
星羅は、止まらない。
「誰と?」
すぐに乗る。
「そら――」
言いかけて、
一瞬だけ、息を吸う。
(……ええか)
そのまま、出す。
「相方とや」
客席、笑い。
星羅も、少しだけ笑う。
「なんでよ」
「いや、なんかええやん」
「コンビ愛みたいな?」
「そうそう、それそれ」
テンポが、戻る。
(……いける)
さっきの一瞬。
崩れそうで、崩れなかった。
それどころか――
少し、深くなった。
「でもさ」
星羅が、少しだけ前に出る。
「相方とごはんって、ちょっと気まずくない?」
「なんでやねん!」
ツッコミ。
客席、笑う。
「だってさ」
「沈黙とかあったらどうするの?」
「いや、あるかそんなもん」
「あるよ」
「ないって」
「あるって」
被せる。
ズレる。
でも――
すぐ戻る。
(……全部、分かる)
間も、呼吸も。
どこで拾うかも。
全部。
「じゃあ、やってみよか」
瑛太が振る。
「え?」
「相方とごはん、シミュレーションや」
「なんでよ」
「ええから」
軽く前に出る。
「いらっしゃいませ〜」
店員の真似。
客席、くすっと笑う。
「二名様ですね〜」
「はい」
星羅、乗る。
「お席こちらで〜」
「ありがとうございます」
自然に座る動き。
「……」
わざと沈黙。
客席、くすくす。
「ほら、気まずい」
星羅、小声で。
「ならへんわ!」
即ツッコミ。
笑いが一段上がる。
「なんか喋れや!」
「何喋るの?」
「なんでもええやろ!」
「……今日のロケどうだった?」
一瞬。
でも。
瑛太は、迷わない。
「……なんとかなったわ」
そのまま、返す。
ほんの少しだけ、本音。
星羅、ふっと笑う。
「そっか」
優しいトーン。
そのまま。
「よかった」
客席、少し静かになる。
でも。
すぐに――
瑛太「なんで急にええ空気にすんねん!」
ツッコミ。
笑い、戻る。
(……完璧や)
流れが、生きてる。
さっきの時間も、
さっきの距離も、
全部、ネタに乗ってる。
「ほらな、気まずくないやろ」
「……ちょっとだけ」
「あるんかい!」
ドン、とツッコミ。
拍手。
笑い。
「どうもありがとうございましたー!」
深く、お辞儀。
顔を上げる。
拍手が、広がる。
横。
星羅がいる。
同じタイミングで、顔を上げる。
目が合う。
「……」
言葉はない。
でも。
ちゃんと、分かる。
――今、揃ってた。
*
袖に戻る。
ライトの外。
「……」
息を吐く。
「……なあ」
瑛太が、ぽつり。
「ん?」
星羅が見る。
「今日のやつ」
少しだけ笑う。
「ええ感じやったな」
星羅も、少しだけ笑った。
「うん」
短く。
でも、しっかり。
「……なんか」
言いかけて、止まる。
でも。
今は、それでいい。
「……また、やろな」
「うん」
並んで、歩き出す。
今度は――
何も考えずに。
自然に。
隣にいた。




