第51話『近すぎる距離』
瑛太「お待たせ」
昨日は結局、あまり寝られなかった。
星羅「おはよう、瑛太」
「なんだか、いつもの倍眠そうね ふふふ」
瑛太「楽屋着いたら目、覚めるわ」
星羅「じゃあ、行こうか」
瑛太「おう」
「念の為に聞くけど、体調は大丈夫やな?」
星羅「完璧……と言いたいけど、お腹空いた」
「へへへっ」
瑛太「なんや、朝ごはん食べてへんのかいな」
星羅「だって金欠なんだもん」
少し唇を尖らせる。
瑛太「しゃあないなぁ……ワクドでええか?」
「おごったるよ」
星羅「やったぁ〜」
少しだけ、軽くなる空気。
「何にしよっかなぁ〜♪」
「俺、ポテトLにしよっかなぁ〜」
朝の光と香ばしい香りが漂うワクドナルド店内。
星羅「そういえば、瑛太ってアルバイトとかしてるの?」
瑛太「……ああ、そうやった」
少し思い出したように。
「星羅、ねこごはんでyy.tubeやらへんか?」
星羅「やりたい」
ぱっと花が開いたような笑顔。
星羅「もしかして……」
瑛太「そう、俺の副業や」
にっこり。
星羅「そうだったんだ……やりたい、やりたい」
瑛太「わかったから、本番ちゃんと終わらせてからな」
「はよ食べや」
星羅「楽しみだなぁ」
*
テレビ局。
瑛太&星羅「本日もよろしくお願いします」
星羅「先週はご迷惑をおかけしました。今日は頑張りますのでよろしくお願いします」
廊下。
――一ノ瀬 司
瑛太「おはようございます。ねこごはんです、ご挨拶よろしいでしょうか?」
「……」
瑛太「あれ?」
星羅と顔を見合わせる。
一ノ瀬「わっ」
瑛太「うわっ」
星羅「きゃっ」
次の瞬間。
一ノ瀬が、星羅を後ろから抱き寄せる。
一ノ瀬「星羅ぁ〜、久しぶりだなぁ〜」
星羅「ちょ……ちょっと一ノ瀬さん」
一ノ瀬「シャンプー変えたのか?」
星羅「離して……」
瑛太「一ノ瀬さん!」
その声に、一ノ瀬はあっさり腕を離す。
一ノ瀬「あっ、ごめんごめん」
軽く笑う。
でもその目は、瑛太を見ている。
一ノ瀬「お前、遅いな」
「大事なもん、守る気あんのか?」
瑛太「……」
空気が、少しだけ張る。
星羅「……瑛太、行こう」
腕を掴む。
瑛太「……ごめん、星羅」
「先、楽屋で待っててくれへんか」
星羅「……え?」
瑛太「ちょっとだけ、話したい」
一ノ瀬「いいよ、入れ」
星羅「……何なのよ、二人とも」
少しだけ不安そうに、その場を離れる。
*
楽屋。
ドアが閉まる。
一ノ瀬「で?」
「何を考えてる」
瑛太「……」
一ノ瀬「お前、頭で考えてるだろ」
「漫才に影響がどうとか」
瑛太「……はい」
一ノ瀬「バカか」
短く、切る。
「人を好きになるのに、損得で考える奴がどこにいる」
瑛太「……」
一ノ瀬「それは恋でも愛でもない」
「ただの計算だ」
瑛太「……」
言葉が、出ない。
一ノ瀬「星羅が可哀想だと思わないのか」
瑛太「……思います」
小さく、でもはっきりと。
一ノ瀬「なら、心で動け」
一歩、近づく。
「お前はもう、わかってるだろ」
瑛太「……はい」
一ノ瀬「だったら」
少しだけ、口元を緩める。
「両方、取りに行け」
「漫才も、恋も」
瑛太「……はい」
一ノ瀬「行け」
「待ってるぞ」
*
廊下。
歩き出す。
さっきより、少しだけ足が軽い。
「……」
言葉には、ならない。
でも。
さっきより、少しだけ。
ちゃんと、前を見れていた。
*
楽屋の前。
星羅が、壁にもたれて立っていた。
瑛太「星羅……」
星羅「瑛太!」
駆け寄ってくる。
「大丈夫だったの?」
瑛太「うん、大丈夫や」
星羅「何話してたの?」
瑛太「うん、まぁ……色々」
「相談に、乗ってもらってた」
時計は、11時半。
本番まで、少し時間がある。
瑛太「楽屋、入ろか」
星羅「うん……」
瑛太「お茶、飲むか?」
星羅「うん……」
瑛太「どないしてん?元気ないやん」
星羅「……瑛太、隠してることあるでしょ?」
まっすぐな目。
数秒。
瑛太は、お茶に目を落とす。
「星羅が心配することは、ないで」
「……本当に?」
「……ああ」
「ちょっとだけ、頭の整理してもらっただけや」
星羅「……ふーん」
少しだけ、不服そうに。
そのとき。
「本番15分前でーす」
廊下に声が響く。
瑛太「おっと……」
「髪だけ整えるわ」
「星羅も準備しとき」
星羅「……はい」
鏡の前。
櫛が、静かに髪を通る。
瑛太「……なあ」
星羅「ん?」
瑛太「さっきの……」
少しだけ視線を逸らす。
「ちゃんと止められんくて、ごめんな」
星羅「ううん」
「瑛太、ちゃんと言ってくれたから」
「だから……ありがとう」
瑛太「……うん」
「……こちらこそ」
小さく、息を吐く。
それだけで、少しだけ楽になった気がした。
瑛太「よし、行くか」
星羅「うん」
瑛太「……顔、硬いな」
軽く、頬に触れる。
「星羅、笑顔や」
星羅「……うん」
にっこり、笑う。
「本番5分前でーす」
ドアへ向かう。
そのとき。
自然に、手が触れる。
瑛太が、握る。
星羅も、握り返す。
扉までの、ほんの数歩。
その距離だけ、近かった。




