第50話『笑いと、好きの間』
夜。
部屋。
ドアを閉める音が、小さく響く。
「……はぁ」
靴を脱ぐ。
そのまま、壁にもたれる。
静かすぎる部屋。
さっきまでの声も、酒の匂いも、もうない。
残ってるのは――
「……」
ゆっくりと、息を吐く。
頭の中に、言葉が浮かぶ。
――悲しい思いだけは、させないでくれ
「……」
目を閉じる。
マスターの声。
低くて、まっすぐで。
逃げ場がなかった。
「……優しくしてやってくれ」
小さく、繰り返す。
「……」
言葉が、少しだけ途切れる。
ソファに座り、
天井を見上げる。
「……優しく…か…」
頭をかく。
視線を落とす。
「優しくしたら、止まらんやろ…」
一拍。
「ハハッ……もう、止まってへんか…」
「……好きになってもうてるわ…」
自分でも、驚くくらい自然に出た。
否定は、出てこなかった。
「……」
天井を見る。
「……なんでやろうな…」
苦笑いみたいに。
「ほんまに…」
一拍。
「あかんって、わかってるはずやのに…」
小さく、息を吐く。
「……」
頭の中に、浮かぶ。
舞台。
ライト。
客席。
星羅の声。
間。
ツッコミ。
全部、繋がってる。
「……」
「……ズレたら、終わりや」
漫才は、呼吸や。
タイミングや。
一瞬のズレで、笑いは消える。
「……」
その中に、
余計なもん、混ぜたらあかん。
「……」
でも、止まらへん。
「……」
もう一度、息を吐く。
「……なんでやろうな…」
苦笑い。
「ほんま……」
静かな部屋。
「……」
「……俺、星羅が好きやわ」
言ったあとで、
少しだけ、目を閉じる。
でも。
それでも――
「……」
答えは、出ない。
「……わからへん」
小さく。
「ほんまに」
ソファに沈み込む。
天井を見たまま。
「……どないしたらええんやろ…」
誰に聞くでもなく。
ただ、こぼれる。
夜は、静かに続いていく。




