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第49話『届かないところからの言葉』

昼。

喫茶アルデンテ。

いつもの席。

「……じゃあ、今日は休みにするか」

瑛太が台本を閉じる。

「マスターにも言われたしな」

星羅は少しだけ考えてから、頷いた。

「うん、その方がいいかも」

まだ少しだけ本調子じゃない声。

でも、無理はしていない。

「じゃあ、また明日」

「うん」

短いやり取り。

それだけで、十分だった。

店を出る。

春の空気が、少しだけあたたかい。

風が、やわらかく吹く。

「……帰るか」

「うん…」

並んで、歩き出す。

夜。

部屋。

カメラの前。

「どうも〜、瑛太です」

軽く手を振る。

「いや〜、今日はね」

「春めいてきましたねぇ」

少し間を置いて。

「……だから、お酒を飲みたいと思います」

自分で笑う。

「え?関係ないって?」

「春めいてんねんで?」

「そら、飲まなあかんやろ」

「次は梅雨めいてきたら飲む」

一拍。

「……ま、いつも飲んでんねんけどな」

「ガハハハ」

いつものテンポ。

いつもの軽さ。

「ほな、質問コーナーいくで〜」

画面をスクロールする。

「……って何やこれ」

思わず笑う。

「星羅のことばっかりやないかい」

少し声を張る。

「“星羅ちゃんかわいい”」

「“彼氏いるんですか?”」

「“付き合ってるんですか?”」

一拍。

「……知るかぁ!」

カメラに向かって突っ込む。

「ここは俺のチャンネルやぞ!」

「気になるんやったら星羅に聞け!」

「今度チャンネル作らせたるわ!」

自分で言って、少し笑う。

「ほな、いつものいくで」

「“ボケたもん勝ち”のコーナー」

「一番おもろかったやつには――」

少し間。

「売れ残りのハイパーロケッツのキーホルダーやる」

ニヤッと笑う。

「ペンネーム、鯖の暴走さん……」

「ほな、今日はこのへんで」

「みんな、飲みすぎんなよ」

カチッ。

スイッチを切る。

部屋が、静かになる。

「……ふぅ」

背もたれに体を預ける。

「結構飲んだな……」

少しだけ、頭が重い。

「……ツマミでも買いに行くか」

立ち上がる。

外に出る。

春の風。

少し湿った空気の匂い。

「……」

コンビニの灯り。

その前に――見覚えのある背中。

「マスター」

手を上げて、駆け寄る。

「おう、瑛太か」

振り向く。

「……って、結構飲んでるな」

「仕事終わりですよ」

肩をすくめる。

「飲んで突っ込むのが副業なんで」

「なんだよそれ」

小さく笑う。

一拍。

「……まだ飲めるか?」

「全然大丈夫ですよ」

即答。

マスターは、少しだけ頷いた。

「じゃあ、付き合え」

「はい」

自然に答える。

暖簾をくぐる。

小さな割烹居酒屋。

「毎度」

マスターが声をかける。

「こんばんは〜」

瑛太も続く。

「あら、相原さん」

カウンターの向こう。

女将が顔を上げる。

「……あら、可愛らしい坊や」

「誰が坊ややねん」

小さく突っ込む。

マスターは、もう座っている。

「女将、お銚子二丁」

「はいはい」

コトン、と音がする。

酒の匂いが、ゆっくり広がる。

「……マスターって、相原さんやったんですね」

お猪口を持ちながら。

「初めて名前知りましたわ」

軽く笑う。

マスターは、少しだけ間を置いて。

「……星羅の叔父だ」

「……え?」

固まる。

「えぇぇぇ!?」

思わず声が上がる。

「そうなんすか!?」

「ああ」

淡々と。

「星羅の父親は、俺の弟だ」

「……」

一気に酔いが引く。

「……そうやったんですね」

お猪口を見つめる。

少しだけ、静かになる。

マスターが、酒を注ぐ。

とくとく、と音。

「瑛太君」

低い声。

少しだけ、空気が変わる。

「……はい」

背筋が、伸びる。

「星羅に――悲しい思いだけは、させないでくれ」

一拍。

「……」

瑛太は、何も言えない。

「君は冗談でもな」

「……あの子は、そのまま受け取る」

静かに続く。

「真っ直ぐな子だ」

「だから――」

ほんの少しだけ、間。

「優しくしてやってくれ」

「……頼む」

コトン。

お猪口を置く音。

その言葉だけが、残る。

「……はい」

小さく。

でも、はっきり。

「……わかりました」

それしか、言えなかった。

「はい、お通しね」

女将の声。

空気が、少しだけ戻る。

でも。

さっきの言葉は、消えない。

ゆっくりと、夜は更けていった。

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