第48話『いつも通りに戻る前』
昼。
喫茶アルデンテ。
カラン、とドアの音。
「おはようございます」
少しだけやわらかい声。
まだ本調子じゃないけど――
ちゃんと、戻ってきた声。
「おう」
瑛太は、先に座っていた。
テーブルの上には、台本。
コーヒーが一つ。
「大丈夫なんか」
顔を上げる。
「うん」
星羅は、ゆっくり頷いた。
席に座る。
少しだけ、間。
「……昨日、ありがとう」
ぽつり。
まっすぐな声。
瑛太の手が、少しだけ止まる。
「別に」
短く返す。
でも。
その一言のあと、少しだけ沈黙が落ちる。
「……来てくれると思ってた」
続けて、星羅。
何気ないみたいに。
でも、少しだけ小さい声で。
「……そうなん?」
瑛太が少し笑いながら顔を上げる。
星羅は、テーブルを見ながら。
「なんか、そういう感じだったから」
ふっと笑う。
「……なんやそれ」
少しだけ、力が抜ける。
「わからないけど」
「わかるでしょ、そういうの」
「いや、わからんわ」
軽く返す。
でも。
その空気は、少しだけやわらいでいた。
「ほんまに、もう大丈夫なんか?」
改めて聞く。
「うん」
「ちょっとだるいけど」
「熱はもうない」
「そか」
短く頷く。
「無理はすんなよ」
「うん」
その“うん”は、素直だった。
少しだけ、沈黙。
でも。
気まずさは、ない。
昨日とは違う静けさ。
「……ねえ」
「ん?」
「ロケ、どうだった?」
「あー……」
少し考える。
「なんとかなったわ」
「一人やったけどな」
「そっか」
安心したように、少しだけ笑う。
「よかった」
その一言に。
少しだけ、間。
「……まあな」
目を逸らす。
なんとなく。
それ以上は言わない。
言えない。
でも。
それで、よかった。
カラン。
奥から、マスターが出てくる。
「何にする」
いつもの低い声。
「コーヒーで」
星羅が言う。
マスターは、何も言わずに奥へ戻る。
「……コーヒー飲めるんか」
瑛太がぼそっと。
「飲めるよ」
「もう平気だし」
「ほんまか」
少しだけ疑うような目。
「平気だってば」
くすっと笑う。
「子供じゃないんだから」
「いや、昨日の感じ見てたらな」
「見てないでしょ」
「見たわ」
「どこまで?」
「……」
一瞬、詰まる。
「……そこそこ」
曖昧に濁す。
星羅が、じっと見る。
「……なにそれ」
少しだけ笑う。
その時。
コト、と音。
テーブルに置かれたのは――
白いカップ。
「……あれ?」
星羅が首をかしげる。
「コーヒー……」
マスターが、ひと言。
「病み上がりにコーヒーはよくないぞ」
淡々と。
それだけ言って。
そのまま――瑛太を見る。
じっと。
「……」
無言の圧。
瑛太「……え、俺?」
マスター「女の子には優しくだろ」
低い声。
「基本だ」
それだけ。
何事もなかったみたいに、カウンターへ戻る。
「……」
「……」
沈黙。
星羅は、カップを見て。
それから、少しだけ笑った。
「……ふふ」
「ミルクだ」
両手で包む。
「……ええやろ別に」
瑛太が小さくぼやく。
「いや、お前が気ぃつけろやって話やろ」
「知らんがな」
でも。
その顔は、ちょっとだけ照れている。
「……ありがとう」
星羅が、ぽつり。
「ん?」
「ミルク」
「……俺ちゃうやろ」
「でも、なんか」
少しだけ笑う。
「そういうことにしとく」
「なんやそれ」
軽く返す。
でも。
そのやり取りは。
昨日より、少しだけ自然だった。
湯気が、ゆっくりと上がる。
静かな時間。
その中で。
ほんの少しだけ。
距離が、近づいていた。




