第46話『熱のあと』
島原「OK、寝てたよ」
ドアを閉めながら、あっさりとした声。
「大丈夫そうだから、あとは頼んだわよ」
鍵を差し出す。
瑛太「はい……」
受け取る手に、少しだけ力が入る。
島原は、その様子をちらっと見て――
「あっ、あと変な気を使わなくて、良いようにしといたから」
さらっと付け足す。
一瞬。
瑛太「……え?」
島原「はい、鍵」
にやっと笑う。
「星羅ちゃん、ハイパーロケッツ好きやったんやねぇ」
小声でぽつり。
瑛太「ちょ、島原さん」
島原「じゃ、あとは若い二人でどうぞ〜」
ひらひらと手を振って、そのまま去っていく。
足音が遠ざかる。
静けさ。
「……なんやねん、もう」
小さく呟く。
ドアの前に立つ。
鍵を差し込む音が、やけに大きく響く。
カチャ。
ゆっくりと、扉を開ける。
「……入るで」
部屋の中は、静かだった。
カーテン越しの光が、やわらかく差し込んでいる。
ベッドの上。
星羅は、横になったまま――目を開けていた。
「……あ」
少しだけ、驚いたように。
「瑛太……」
声はまだ弱いけど、さっきよりははっきりしている。
「起きてたんか」
靴を脱ぎながら、少しだけ安心したように息を吐く。
「さっき、島原さん来てたやろ」
「……うん」
小さく頷く。
「なんか、色々された……」
少しだけ、頬が赤い。
「色々ってなんやねん」
思わず突っ込む。
でも。
その言葉のあと。
ほんの一瞬、間。
(……いや、待て)
頭の中に、さっきの言葉がよぎる。
――変な気を使わなくて、良いようにしといたから
「……」
視線が、少しだけ泳ぐ。
「……瑛太?」
「……なんでもない」
すぐに逸らす。
近づく。
ベッドの横。
手を伸ばして、額に触れる。
「……さっきよりは、マシやな」
「うん……ちょっとだけ」
星羅が、少しだけ笑う。
その距離。
近い。
息が、かすかに触れる。
(……あかん)
一瞬で、意識が持っていかれる。
さっき。
抱き上げた時の感触。
熱。
軽さ。
柔らかさ。
全部、まだ残ってる。
「……水分、ちゃんと取ってるか?」
少しだけ早口になる。
「うん……飲んだ」
「ゼリーも?」
「飲んだ」
「薬は?」
「飲んだってば」
くすっと笑う。
「なんか……お母さんみたい」
「誰がお母さんや」
反射的に返す。
そのやり取りが、少しだけいつも通りで。
少し、救われる。
でも。
その“いつも通り”が、逆にしんどい。
「……なあ」
ぽつり。
「ん?」
星羅が、こっちを見る。
その目。
まっすぐで。
無防備で。
「……いや」
言いかけて、やめる。
(言うな)
(今、言うな)
喉の奥で、引っかかる。
「……なんでもない」
逃げるみたいに、視線を外す。
星羅は、少しだけ不思議そうに見て――
でも、何も言わない。
その沈黙が、やけに長い。
「……瑛太」
「ん?」
「今日のロケ、どうだった?」
少しだけ、話題を変えるように。
「……なんとか、なったわ」
小さく笑う。
「フォローも入ってな」
「そっか……」
安心したように、息を吐く。
「よかった」
その一言。
それだけで。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
「……」
言葉が、続かない。
視線が、また逸れる。
でも。
そのまま、終われなかった。
「……なあ」
もう一度。
今度は、少しだけ低い声。
星羅が、ゆっくりこっちを見る。
「……なんでやろうな…」
ぽつり。
「え?」
「俺」
一拍。
息を吐く。
「……わかってる…」
「わかってるけど……」
言葉が、途切れる。
でも、止まらない。
「相方やねん……」
小さく。
自分に言い聞かせるみたいに。
「……でも」
喉が、少しだけ震える。
「……あかん」
「なんか……」
「最近、ちょっと……おかしい」
正直すぎる言葉。
星羅は、黙って聞いている。
「……なんでやろうな…」
苦笑いみたいに、吐き出す。
「ほんま、なんか、おかしいねん…」
沈黙。
風が、カーテンを揺らす。
その音だけが、静かに流れる。
「……瑛太」
やさしい声。
「うん?」
「それ」
少しだけ、間。
「別に、おかしくないよ」
まっすぐに言う。
「……は?」
思わず、顔を上げる。
星羅は、少しだけ笑った。
「だって」
「私も、ちょっとおかしいもん」
一瞬。
時間が、止まる。
「……え?」
言葉が、出ない。
星羅は、少しだけ視線を逸らして――
でも、逃げない。
「だから」
小さく。
「たぶん、それでいいんだと思う」
その言葉が、静かに落ちる。
胸の奥に。
すとん、と。
「……」
瑛太は、何も言えない。
ただ。
そこに、立っている。
少しだけ近い距離で。
同じ空気を、吸いながら。




