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第45話:ちゃんと、隣に

朝の光が、少しだけ強くなっていた。

時計は、9時を回っている。

「……あっ」

ふと思い出して、瑛太はスマホを取り出した。

「島原さんに連絡……」

LIMEを開く。

少しだけ考えてから、打ち込む。

――星羅に薬と冷却シート、ゼリー渡しました。収録終わりにまた寄ります。

送信。

すぐに既読がついた。

――ありがとう。お礼はする

「いや、別に……」

小さく笑う。

――収録行ってきます。

――先方には伝えてるから。挨拶ちゃんとね。リラックス

「……はい」

短く返して、スマホを閉じる。

ふう、と息を吐く。

風が吹いた。

若葉が、さらさらと揺れる。

さっきまでいた部屋の空気とは違う。

外の空気。

仕事の空気。

「……よし」

顔を上げる。

「行くか」

テレビ局。

楽屋に入ると、時計はまだ11時前だった。

少しだけ早い。

荷物を置いて、またスマホを開く。

――楽屋入りしました。

すぐに返信。

――お疲れ。一人やけど、頑張って

――挨拶は基本。あと、深呼吸。

「……了解です」

そのまま、もう一つ。

――楽屋着いたから、気にせんで寝ときや。返事いらんからな。

送信。

既読は、つかない。

「……まあ、そらそうか」

小さく呟く。

少しだけ、指が止まる。

(ちゃんと寝てるか……)

頭を振る。

「……今は、こっちや」

スマホをポケットにしまう。

「さて、と」

立ち上がる。

「挨拶回りやな」

廊下を歩く。

スタッフ、共演者、プロデューサー。

一人ずつ、丁寧に頭を下げていく。

「ねこごはんの瑛太です。本日はよろしくお願いします」

最初は少しだけ硬かった声も、

何人か回るうちに、いつもの調子に戻っていく。

その途中で。

足が、止まった。

楽屋の前。

プレート。

――一ノ瀬 司

「……」

一瞬だけ、息を止める。

ノック。

コン、コン。

『はーい』

柔らかい声。

「本日お世話になります、ねこごはんの瑛太です。ご挨拶よろしいでしょうか」

『どうぞー』

ドアを開ける。

「失礼します」

中に入った瞬間。

ふわりと、香水の匂いがした。

整った空間。

整った人。

「今日は一人なんだって?」

一ノ瀬が、にこっと笑う。

「はい……星羅が熱で」

「聞いてるよ」

軽く頷く。

そのまま、少しだけ首をかしげた。

「どう? 今日のロケ、俺と一緒に回る?」

「……え?」

思わず顔を上げる。

「助っ人ってことで」

軽い調子。

でも、目はちゃんと見ている。

「ディレクターに確認はいるけどね」

一瞬。

迷う。

――正直、助かる。

――でも。

「……いや」

小さく息を吸う。

「すみません」

顔を上げる。

「俺の隣は、星羅なんで」

一拍。

「今日は、一人でやります」

少しだけ、空気が止まる。

それから。

「……そっか」

一ノ瀬が、ふっと笑った。

「いいね」

視線が、まっすぐ向く。

「君、いい目してる」

一歩だけ近づく。

「星羅が惚れるの、分かるわ」

「いや、あの……」

言葉が詰まる。

「そんなんじゃ……」

「違うの?」

楽しそうに首をかしげる。

「……」

返せない。

一ノ瀬は、くすっと笑った。

「まあいいや」

軽く手を振る。

「スタジオからフォローはするよ」

「ロケ、頼んだ」

「……はい」

頭を下げる。

ドアに手をかけた、そのとき。

「あ、そうそう」

振り返る。

一ノ瀬は、少しだけ目を細めていた。

「女心ってさ」

一拍。

「時間経つと、どっか行っちゃうから」

にこり。

「気をつけなよ」

「……はい」

よく分からないまま、頭を下げる。

「失礼します」

ロケは、思っていたよりもずっと早く流れた。

最初の一言。

最初の間。

そこさえ越えれば、

あとは体が勝手に動いた。

ツッコミ。

リアクション。

間の取り方。

全部――

隣にいないのに、

隣を感じる。

(……おるみたいやな)

頭の中に、星羅がいる。

だから、崩れない。

一ノ瀬の的確なフォローもあって、

収録は、無事に終わった。

「いやー、三谷くん」

プロデューサーが笑う。

「良かったよ、今日」

「ありがとうございます」

頭を下げる。

「来週は相原さんと、また頼むね」

「はい、よろしくお願いします」

その横で。

「お疲れ」

一ノ瀬が、軽く手を上げた。

「今日は、ちゃんと一人でやり切ったな」

「……ありがとうございます」

「次は“二人”のねこごはん、楽しみにしてるよ」

にこっと笑う。

そして――

少しだけ近づいて。

「……早く告れよ」

小声。

「っ!?」

固まる。

「いや、あの……」

「はいはい」

肩をぽん、と叩かれる。

「お疲れ様」

「……お疲れ様でした!」

ほぼ逃げるように、頭を下げる。

そのまま、外へ出た。

外の空気。

「……なんやねん」

思わず、声が漏れる。

「一ノ瀬さんも、島原さんも……」

頭をかく。

「意識してまうやろ……」

そのとき。

「おーい」

聞き慣れた声。

振り向く。

「島原さん……」

そのまま、へたり込む。

「し、ま、ば、らさぁん……」

「はいはい、お疲れ」

肩を、ばしばし叩かれる。

「痛い痛い!」

「よく頑張ったやん」

にやっと笑う。

「今日はありがとね」

「……いえ」

少しだけ息を整える。

「で?」

島原が、くいっと顎を上げる。

「行くよ」

「……はい」

立ち上がる。

「星羅のとこ」

一瞬。

空気が変わる。

「……はい」

さっきより、少しだけ強く頷く。

並んで歩き出す。

ポケットの中。

鍵の感触。

――ハイパーロケッツ

ぎゅっと、握る。

「……」

言葉はない。

でも。

足は、止まらない。

その先に。

ちゃんと、待ってるから。

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