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第44話:なんでもない、はずの朝

朝。

まだ少し早い時間。

静かな部屋に、スマホの振動音が響いた。

瑛太は、うっすらと目を開ける。

画面を見る。

――島原

「……なんや、こんな時間に」

通話ボタンを押す。

「もしもし」

『瑛太、おはよう。ちょっといい?』

いつもより、少しだけ低い声。

「どうしたんですか?」

『あのね……』

一拍。

『星羅が、熱出したみたい』

「……ああ」

短く、息を吐く。

(そら、そうなるか……)

慣れない漫才。

夜遅くまでの稽古。

そのまま特番。

頭の中で、全部が繋がる。

『……瑛太、聞いてる?』

「は、はい」

少し遅れて返す。

『私、今日は別件で動かなあかんのよ』

『悪いけど、あんた行ってあげて』

「え、でも……」

『隣でしょ?』

『相方が熱出してんの』

『ねこごはんの瑛太やろ?』

言葉が、詰まる。

『頼んだよ』

『あ、それとロケは一人で対応ね』

「……マジか」

『LIMEでいいから連絡ちょうだい。じゃあね』

通話が切れる。

しばらく、スマホを見つめる。

「……しゃあないか」

小さく呟いた。

LIMEを開く。

『おーい、大丈夫か?』

送信。

既読は、つかない。

「……起きてへんか」

立ち上がる。

財布を手に取る。

薬局。

解熱剤。

冷却シート。

ゼリー。

かごに入れて、会計。

袋を受け取る。

(……行くか)

マンションの前。

階段を上がる音が、やけに響く。

部屋の前に立つ。

インターホンを押す。

――ピンポーン。

反応はない。

もう一度。

「……出ぇへんか」

静かすぎる。

「……大丈夫なんか」

もう一度押そうとしたとき。

『……はい』

小さな声。

「星羅?」

『……瑛太……?』

少しだけ、間。

『今、開ける……』

カチャ。

ドアが、ゆっくり開く。

「あは……瑛太だ……」

ふわっとした笑顔。

でも、そのまま。

身体が、崩れる。

「星羅!」

咄嗟に支える。

――近い。

思ったより、ずっと。

「……軽っ」

腕の中に収まる体温。

熱のせいか、呼吸が少し荒い。

かすかに、息が触れる。

「……あかんやろ、これ」

視線を逸らす。

そのまま、抱き上げる。

「入るで」

ベッドに寝かせる。

額に触れる。

「……熱、高いな」

冷却シートを貼る。

「……ん」

星羅が、少しだけ目を開ける。

「気持ちいい……」

「起きたか」

ほっと息を吐く。

「他は大丈夫なんか?」

「……らいじょうぶ」

「無理に笑わんでええ」

袋を開ける。

「ゼリーと薬、買ってきたから」

「……ありがとう」

「なんか食べたんか?」

「……食べてへん」

「なんで関西弁やねん」

「……へへ」

力のない笑い。

「ほら」

キャップを開けて渡す。

星羅は、ゆっくり身体を起こす。

寝巻きの胸元が、少しだけ緩む。

その動きに、ほんの一瞬だけ視線が止まる。

(……あかん)

(今、見るな)

すぐに背を向ける。

薬を準備する。

(普通にせぇ)

「飲んだか?」

「うん」

「じゃあこれも」

水と薬を渡す。

「飲んで、寝とき」

「……瑛太」

「ん?」

「やさしいね」

少しだけ笑う。

「たまに風邪ひこかな」

「アホなこと言うな」

布団をかける。

「……でも、今日」

「ロケやろ」

かぶせる。

「大丈夫や」

少しだけ、間。

「俺一人でやってくる」

「ちゃんと空気作っとく」

「次、お前が入りやすいように」

その声は軽いのに、少しだけ強い。

星羅は、小さく頷いた。

「……あ、それと」

星羅が、少しだけ視線を逸らす。

「ん?」

「さっきの」

一拍。

「……気づいてた?」

ほんの少しだけ、小さい声。

でも、逃げていない。

瑛太は、一瞬固まる。

「……いや」

言いかけて、止まる。

一拍。

「……見んようにしてた」

それだけ。

ぶっきらぼうに。

でも、少しだけ早口で。

星羅は、ふっと笑う。

「……そっか」

小さく。

「ごめんね」

「朦朧としてた」

「油断した」

「……そやな」

それ以上は、触れない。

でも。

さっきより、ほんの少しだけ空気が近い。

「飲み物あるか?」

「ないよ」

「冷蔵庫、からっぽ」

「……お前な」

小さくため息。

「ちゃんと食えや」

「だって」

少しだけ、間。

「私、ねこごはんの星羅になるって決めたから」

まっすぐな声。

「女優の仕事、もうしてないし」

瑛太は、少しだけ黙る。

「……そっか」

それだけ返す。

「飲み物、買ってくるわ」

立ち上がる。

「鍵、どこや?」

「そこの籠……」

鍵を手に取る。

指先に触れる、キーホルダー。

――ハイパーロケッツ

「……」

ほんの一瞬、止まる。

「行ってくる」

それだけ言って、外に出る。

コンビニでスポドリを三本買う。

戻る。

鍵を使って中に入る。

「……入るで」

『ちょっと待って』

「今、着替えてる」

「……あ、うん」

少しだけ、間。

「いいよ」

「さっきより、マシか?」

「うん……ちょっとだけ」

「さっきは、ごめんね」

「ええよ」

短く返す。

「ほら、これ」

スポドリを置く。

「水分ちゃんと取って、薬飲んで寝とけ」

「……うん」

「ロケ終わったら、また来る」

星羅は、少しだけ笑う。

「ありがとう」

玄関に向かう。

「鍵、借りるで」

「うん」

「頑張ってね」

背中に、声。

「おう」

振り返らずに答える。

外に出る。

ドアを閉める。

カチャ、と音。

少しだけ、立ち止まる。

ポケットの中。

鍵。

触れる感触。

――ハイパーロケッツ

「……なんやねん」

小さく呟く。

さっきの体温。

あの距離。

頭から、離れない。

でも、それだけやない。

「……」

息を吐く。

顔を上げる。

朝の光。

「……行ってくるわ」

誰に向けたのか分からないまま。

瑛太は、歩き出した。

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