第42話『ねこごはん』
夜。
事務所。
「おはようございまぁーす!」
扉を開けた瞬間、二人の声がきれいに重なった。
瑛太と星羅。
どちらも、やけに機嫌がいい。
「なになに?」
デスクから顔を上げた島原が、にやりと笑う。
「二人ともニコニコしちゃって。もしかして……やっと付き合い始めた?」
「いや、天気がいいから」
「清々しい朝ですよね。春めいてきたし」
ほぼ同時に返す二人。
「なんだ、つまんないのぉ〜」
島原は肩をすくめる。
「って言うか島原さん、私たち二人は漫才師ですから」
「そうそう、お仕事頑張らないと」
「はいはい……」
呆れたように笑いながら、島原は立ち上がる。
「じゃあ、お仕事頑張るために――あなた達のコンビ名、決めなきゃね」
「コンビ名?」
「会議室、取ってるから。行くよ〜」
「はい」
また、ぴったりと声が揃う。
島原は歩きながら、ちらりと振り返った。
「やけに息合ってるね。本当に付き合ってないの?」
「え〜、付き合ってるように見えます?」
「結束力ですよ、結束力」
瑛太が肩をすくめる。
「この何ヶ月で、色々乗り越えてきたしな。なぁ、星羅」
「そうですよ。結束力です」
星羅はにっこりと笑った。
「ふーん……」
意味ありげに笑いながら、島原は会議室のドアを開ける。
中には、ホワイトボード。
赤いマーカーで大きく書かれていた。
――『三谷・相原 コンビ名』
「今日は、これを決めてもらうわよ」
「コンビ名かぁ……」
瑛太が腕を組む。
「瑛太、前は“ハイパーロケッツ”だったよね」
「ん?おう、そうやで。……なんや星羅、マニアックやな」
少し嬉しそうに笑う。
「えっ、あっ……そりゃ、相方の前のコンビ名ぐらい知ってるわよ」
「そっか。なんか嬉しいわ、ありがとうな」
にかっと笑う瑛太。
「……うん……」
星羅の耳が、ほんのり赤くなる。
「ふーん」
島原はニヤニヤとそれを見ていた。
「そやなぁ……スーパーエイラは?」
「瑛太と星羅で」
「ダサい」
即答。
「うっ……」
「じゃあ、瑛太ニャンと星羅ニャンは?」
「ダサすぎやろ!」
「むむむむ……」
二人同時に唸る。
「はいはい」
島原がパンと手を叩いた。
「まずは方向性を決めようか。コンビ名には法則があるの」
ホワイトボードに線を引く。
「ひとつは“略されるパターン”。“ハイパーロケッツ”は“ハイロケ”だったでしょ?」
「確かに」
「もうひとつは“インパクト”。パンダパンダとか、七色サラダとかね。覚えやすくて、愛着が湧く」
「なるほどな……」
瑛太は少し考え込む。
「俺らの今ある漫才、“おばけの自己紹介”と“オムライス”やろ? じゃあ――おばけオムライスは?」
「うーん……イマイチね」
即却下。
「じゃあ……」
星羅が、少しだけ考えてから口を開いた。
「ねこごはんはどうですか?」
「ねこごはん?」
「おばけとオムライスのオチに出てくる“猫”と“ごはん”。合わせて……ねこごはん」
少しだけ不安そうに、二人を見る。
「……うん」
瑛太が、ゆっくり頷いた。
「ええやん、それ」
「インパクトもあるし……なんか、俺らっぽい」
「いいね、“ねこごはん”」
島原もすぐに食いつく。
「“ねこごはんの街ブラ”、“ねこごはんのクイズ猫の気持ち”……うん、展開しやすい」
「確かに」
「本当に? やった……!」
星羅の顔が、ぱっと明るくなる。
「決まりね」
島原がマーカーを手に取り、ホワイトボードに大きく書いた。
――ねこごはん
「今日から、あなた達のコンビ名は――“ねこごはん”よ」
その文字を見ながら。
星羅は、ほんの少しだけ目を細めた。
「……最初から、決まってたのかもね」
ぽつり、と零れる。
瑛太が、横を見る。
「ん?」
「だってさ」
星羅は、少しだけ笑う。
「最初のネタは“ねこ”で終わって」
「次のネタは“ごはん”で終わって」
「……ほんまや」
瑛太も、小さく笑った。
「気づいてなかっただけで」
「ずっと一緒にやってたんだね」
一瞬、静かな間。
それから――
二人は顔を見合わせて、
同時に、笑った。




