第3話『振り向くと、最高のボケ』
第3話用プロフィール
三谷 瑛太
・ツッコミ担当。
・人との距離感を測るのが下手で、正解だけを言ってしまう。
・「面白い」と「踏み込む」の境界線で、いつも立ち止まる。
・ノートにはネタより、言えなかった言葉のほうが多い。
相原 星羅
・若手女優。
・完璧な演技の裏で、自分のズレに一番鈍感。
・笑うときだけ、役を忘れる。
・気づけば、ツッコミを待つ位置に立っている。
午後の公園。
中途半端な時間帯で、人もまばらだった。
ベンチ。
ノート。
開いたままのペン。
三谷瑛太は、何も書けずにいた。
ネタがないわけじゃない。
むしろ、ある。
構造も、ツッコミも、頭の中には揃ってる。
でも――
(……なんやろな)
書く気にならない。
指が、止まる。
少し前のことを思い出す。
控室。
ボタン。
「やってもうたか…」
あの一言と、その後の顔。
(……余計なこと、したかもな)
正しかったとは思う。
でも。
正しいからって、踏み込んでいいとは限らない。
「……三谷さん」
後ろから声。
肩が、少しだけ揺れる。
振り向く。
相原星羅が立っていた。
私服。
ラフな格好。
舞台のときより、少しだけ距離が近い。
「……どうも」
瑛太は、ベンチに座ったまま軽く会釈する。
立ち上がらない。
距離を詰めすぎない。
癖や。
星羅は、少し迷ってから――
隣じゃなくて、正面に立った。
「この前は……ありがとうございました」
まっすぐな声。
瑛太は、ノートに視線を落としたまま答える。
「ツッコミなんで」
それで済ませる。
済ませようとする。
「言われなかったら、たぶん……」
少し、間。
「そのまま出てました」
瑛太は、ゆっくり顔を上げる。
「演技がダメとかじゃないですよ」
星羅が、少し驚いた顔をする。
「むしろ逆です」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「上手すぎるから、ズレたとき目立つんです」
星羅は、目を細めた。
それから、ふっと笑う。
「厳しいですね」
「ツッコミなんで」
同じ返し。
でも、少しだけ柔らかい。
星羅が、小さく息を吐く。
「私、あのとき……笑ってました?」
「笑ってましたね」
即答。
「完璧な顔で」
「呼吸だけ、バレてましたけど」
星羅が、少しだけ固まる。
それから、苦笑い。
「……見てますね」
「見てしまうんで」
瑛太は視線を外す。
見たくて見てるわけじゃない。
気づいてしまうだけや。
少しの沈黙。
風が、葉を揺らす。
「変ですね」
星羅が言う。
「何がですか」
「怒鳴られたのに、ちゃんと見てもらえた気がした」
その言葉に、少しだけ間ができる。
瑛太は、すぐに返せない。
見てた。
それは事実や。
でも、それ以上は――
考えたくない。
「……相原さん」
話を変えるみたいに、言う。
「無理に整えすぎなくても、いいと思いますよ」
星羅が、首をかしげる。
「ズレた瞬間のほうが、人は見ます」
少しだけ、言いすぎたかと思う。
女優に言うことじゃない。
でも。
「それ、女優に言うセリフじゃないですよ」
やっぱり言われた。
「芸人なんで」
間を置かずに返す。
星羅が、吹き出す。
今度は、ちゃんとした笑い。
作ってないやつ。
その笑いを見て、少しだけ息を吐く。
(……ああ)
こういう顔、するんやな。
「三谷さん」
星羅が、少しだけ真面目な顔に戻る。
「もしよかったら……」
ほんの少し、ためらう。
「もう少しだけ、話聞いてもらえませんか」
仕事じゃない。
お願いでもない。
ただの言葉。
瑛太は、ノートを閉じる。
少し考える。
ほんの少しだけ。
「……少しだけなら」
それだけ返す。
星羅が、ほっとしたように笑う。
その顔が、さっきより近い。
距離じゃなくて、空気が。
(……めんどくさいな)
心の中で、呟く。
振り向いたら、そこにいる。
気づいたら、見てしまう。
放っておけない。
「……厄介なボケやな」
小さく、そう言った。
「え?」
「いや、なんでもないです」
星羅が、少し不満そうな顔をする。
でも、すぐに笑う。
そのやり取りが、少しだけ心地いい。
まだ、何も始まってない。
コンビでもない。
特別な関係でもない。
ただ――
同じズレに気づいてしまった二人が、
同じ場所に立っているだけ。
それだけやのに。
(……まあ、ええか)
瑛太は、少しだけ肩の力を抜いた。




