第37話:マスターのコーヒー
「……お前ら」
二人が同時に振り向く。
マスターは、冷めかけたコーヒーを二人の前に置いた。
「出すタイミング、完全に逃したわ」
星羅は、目の前のコーヒーを見て――それから、慌てたように顔を上げた。
「マ、マスターのコーヒー、冷めても美味しいよね」
ちらり、と隣を見る。
「ね、瑛太」
「そうか?」
瑛太は何も考えずにカップを持ち上げる。
「俺はやっぱり、熱いコーヒーの方がうま――っ!」
次の瞬間。
瑛太の足に、激痛が走った。
「っっ!?」
テーブルの下。
星羅が、瑛太の足を思いきり蹴っていた。
しかも、ぶんぶんと首を横に振っている。
「褒めて」
小さな声。
「……え?」
「褒めて!」
「えっ、あっ……!」
瑛太は慌てて姿勢を正した。
「マ、マスターのコーヒーは、これぐらいが一番おいしいなぁ!」
引きつった笑顔のまま、カップを持ち上げる。
「なんなら、おかわりしちゃおうかな?」
マスターは、しばらく無言で二人を見ていた。
そして。
「ありがとうございます」
にっこり。
「じゃあこれからは、瑛太君には淹れてから10分放置したコーヒーを出すね」
「「すいませんでした!!」」
二人は同時に立ち上がり、直角に頭を下げた。
その姿を見て。
「ハハハッ!」
マスターが、珍しく声を上げて笑う。
「冗談だよ」
星羅は、ほっとしたように胸をなで下ろした。
「もー、マスター」
「でも、二人とも」
マスターは笑いながら、空になったカップを下げる。
「いい顔してる」
その言葉に、二人は少しだけ顔を見合わせた。
照れくさくて、どちらもすぐに目を逸らす。
その時。
店のドアベルが鳴った。
――ではなく。
瑛太のスマホが震えた。
「……島原さんや」
画面を見る。
『今から事務所来て』
短いメッセージ。
「今から?」
星羅が首を傾げる。
「なんやろ」
瑛太は電話を耳に当てる。
「もしもし?」
『二人とも、今すぐ事務所。大事な話』
島原の声は、いつもより少しだけ真面目だった。
「……わかりました」
電話を切る。
星羅が不安そうに瑛太を見る。
「怒られるのかな」
「なんでやねん。……いや、でも島原さんやしな」
「余計不安になった」
マスターが、カウンターの向こうから小さく笑う。
「行ってこい」
「はい」
「またオムライス食べに来ます」
「お前はそればっかりだな」
店を出る。
外は、もう夕方だった。
やわらかい風が吹いて、街路樹を揺らしている。
並んで歩く。
言葉は少ない。
でも、不思議と気まずくはなかった。
「……なんか」
星羅が、前を向いたまま呟く。
「こうしてると、ほんとに相方になったんだなって思う」
瑛太は少しだけ目を丸くして、それから笑った。
「今さら?」
「今さら」
星羅も、少しだけ笑う。
事務所に着く。
二人は、応接室の前で立ち止まった。
「入るで」
「うん」
ドアを開ける。
そこには、島原マネージャーと――見知らぬ男が待っていた。




