第36話『オムライスの合作』
「いやー、しかし昨日は濃い一日やったな」
瑛太は椅子にもたれ、頭の後ろで手を組みながら天井を見上げる。
「俺、朝起きてまず、ほっぺたつねったもん」
「ふふふ、瑛太らしいねそれ」
――私もしたけどね。
でも、それは言わなかった。
その時。
「ほらよ」
マスターが、二人の前にオムライスを置く。 ふわりと湯気が立ちのぼった。
「昨日の漫才、面白かったぞ」
ぶっきらぼうな声。 でも、どこか嬉しそうだった。
「今日は俺のおごりだ。コーヒーも飲んで帰りな」
不器用な笑顔を向けられて、二人は同時に顔を上げる。
「「ありがとうございます」」
瑛太はすぐにスプーンを持ちながら、マスターを見る。
「マスター、どっちのネタが好きでした?」
「当然、オムライスだ」
即答だった。
瑛太が、ぱっと笑う。
「やったな、星羅」
「うん」
「オムライスは、二人の初めての合作やからな」
「……そうだよね」
星羅は頬杖をつきながら、あの日のことを思い出した。
「よし、おばけの自己紹介は完璧やな」
狭い稽古場。 床に広げたノートと、飲みかけのペットボトル。
「ただ、もう一本ネタを作っとかないとあかん。1回戦で負けるわけにいかへんからな、あいつらに」
「そうだよね」
「そこで、もう一本は俺がボケに回ろうと思う」
「えっ?」
「一本目で星羅がボケ役。二本目で俺がボケ役。切り替わることで、客を掴む」
星羅は少しだけ不安そうに眉を寄せた。
「私……できるかな」
「お前なら大丈夫や」
瑛太は迷いなく言う。
「俺が保証する」
その言葉が、妙に嬉しくて。
「……わかった」
星羅は、力強く頷いた。
「よっしゃ。ほな、まずはネタ作りやな。なんかネタになりそうなんあるか?」
「……瑛太のオムライス」
「オムライス?」
「そう。瑛太が初めて、ケチャップどばーじゃないオムライス食べた話」
「……あー!」
瑛太が頭を抱える。
「よし。とりあえず今日は、できるまで帰られへんで」
「うん!」
回想が、ゆっくり途切れる。
「あれから、ネタ作って、稽古して」
星羅は小さく笑う。
「そうそう。瑛太の、ツッコミに対する熱い思い聞いたりして。ふふ」
口元に手を当てる。
瑛太は少しだけ眉をひそめた。
「あれは必要なんや」
「ふふ、熱かった」
「熱ないわ」
「いや、熱かった」
笑いながら顔を上げて。
そこで、星羅は気づいた。
「……あれ、なんか顔赤くない?」
瑛太は一瞬だけ止まる。
「赤ないわ」
「赤いって」
「赤ない」
ちょっとだけ早口だった。
星羅は思わず笑ってしまう。
「ふふっ」
「なんやねん」
「いや、なんか……珍しいなって」
瑛太は気まずそうに視線を逸らして、オムライスをひと口食べた。
「……でも、初めてにしては上出来やった」
ぼそっと呟く。
「ありがとうな、星羅」
星羅の胸が、また少しだけうるさくなる。
「べ、別に……」
「……あれー?」
今度は瑛太が、じっと星羅の顔を見る。
「星羅、赤なってない?」
「なってないよ!」
その声が少しだけ大きくなった瞬間。
ずっとお盆を持ったまま立っていたマスターが、小さくため息をついた。
「……お前ら」
二人が同時に振り向く。
マスターは、冷めかけたコーヒーを二人の前に置いた。
「出すタイミング、完全に逃したわ」




