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第26話 『二人で作るネタ』

稽古場の扉を開けると、少しひんやりとした空気が流れ込んできた。

外のやわらかい風とは違う、静かで張りつめた空気。

瑛太は鍵を閉めながら、軽く振り返る。

「なんか久しぶりな感じするな」

星羅は小さくうなずいた。

「うん……ちょっとだけ」

さっきまでの空気は残っている。

けれど、ここは“試す場所”だ。

瑛太はバッグを床に置いて、肩を回した。

「ほな、やるか」

星羅も、ゆっくりと立ち位置につく。

ほんの少しだけ、呼吸が浅い。

「最初のやつ、やってみよか」

「うん」

向かい合う。

一拍。

瑛太が口を開いた。

「そういえば、お化け屋敷でバイトしてたんやって?」

星羅は小さく息を吸う。

「はい、1日でクビになりました……」


「ちょっとやってみて」

「はい」

すっと空気が変わる。

表情が落ち、目の奥の温度が消える。

——演技に入る。

「……おばけだぞ〜」

「いや、自己紹介すな!!」

すぐにツッコミが入る。

けれど、どこか少しだけタイミングがズレた。

「シャー……」

「おっ、ええやん」

「シャー……」

「うんうん」

星羅が一歩、前に出る。

「シャーー!!フニャー!」

「……ちょっと待て」

一拍。

「それ、猫やないかい!!」

ここまではいい。

でも、何かが引っかかる。

「おばけ猫です」

「ジャンル増えとるやないかい!!」

笑いの形にはなっている。

けれど、呼吸が噛み合っていない。

瑛太は手を上げた。

「ちょっと止めよ」

空気が止まる。

「……今の、ちょっと違うな」

星羅が顔を上げる。

「え?」

「そこ、もうちょい間ちゃう?」

「でも、今の方が自然じゃない?」

一瞬だけ、視線がぶつかる。

「自然でも、笑いにせなあかんやろ」

その言葉は、少しだけ強かった。

星羅の表情が、ほんのわずかに固まる。

「……ごめん」

小さくこぼれたその声に、空気が沈む。

そのとき——

ドアの向こう側。

足音が止まる。

「……あいつ、またやってる」

田中の低い声。

「ふふっ……やっぱり合わないのね」

柊の柔らかな声。

中の様子は、断片的にしか見えない。

けれど、今の空気だけで十分だった。

「……あの二人、バラバラですよ」

小さく笑う気配。

足音が遠ざかっていく。

静寂が戻る。

瑛太は動かない。

さっきの自分の言葉が、頭の中に残っている。

——言い過ぎた。

小さく息を吐く。

「……悪い」

星羅は少しだけ驚いた顔をした。

「いや……」

言葉が続かない。

少しの沈黙。

やがて、星羅がぽつりとこぼす。

「……でも」

視線が床から上がる。

「さっきの方が、楽しかった」

その一言に、空気が変わる。

瑛太は一瞬だけ目を見開いて、

ふっと力を抜いた。

「……せやな」

小さく笑う。

「ほな、もう一回やろか」

「うん」

今度は、少しだけ距離が近い。

「さっきのシャー、もうちょい使えるな」

「うん、あれ好き」

「自己紹介はツッコミで潰す」

「じゃあ、逆に戻るのもアリ?」

「ええやん、それ」

言葉が、自然と重なる。

一つずつ、形が変わっていく。

やがて——

「……よし、いける」

「うん」

向かい合う。

もう一度、始める。

今度は——

ズレない。

ツッコミの間。

ボケの呼吸。

視線のタイミング。

全部が、ぴたりと重なる。

「……逃がしませんよ?」

「怖さの方向変わってもうてるやん!!」

笑いの流れが、途切れない。

最後まで、一気に走りきる。

「……私は一体、何なんでしょうか」

「知らんわ!!」

沈黙。

二人の目が合う。

ほんの一瞬。

「どうも、ありがとうございました」

終わる。

静かな稽古場。

息が少しだけ上がっている。

瑛太が口を開く。

「……今の」

星羅も、同時に言う。

「……今の」

一瞬、顔を見合わせて——

笑った。

小さく、でも確かな手応えと一緒に。

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