第23話 『オムライスへ向かう昼の風』
「おまたせ」
振り向いた瑛太の視界に、星羅の姿が映った。
昼の光がやわらかく髪を照らし、風がふっと頬を撫でた。
星羅の髪がさらりと揺れ
そのたび、ほのかなシャンプーの香りが風に乗って瑛太に届いた。
「お、おう」
思わず出た言葉に、星羅は眉を少し上げる。
「なによ。お、おう……だって」
そう言いながら口元を押さえ、くすっと笑った。
肩が小さく揺れ、息がふっとこぼれる。
その仕草に、瑛太の視線が自然と止まる。
「いや……綺麗だなって思ってな」
星羅は一瞬だけ目を丸くし、それから肩をすくめた。
「お、おう……」
二人のあいだに、沈黙が落ちる。
川面が昼の光を受けてきらきらと揺れ、遠くで水の流れる音が静かに続いていた。
風がゆっくり通り過ぎる。
「……」
「……」
そして。
「アハハハ」
二人は同時に笑い出した。
張りつめていた空気がほどけ、笑い声が昼の風に溶けていく。
瑛太は肩を揺らしながら笑う。
「さっきの君とは別人すぎやろ……ふふふ」
星羅も小さく息を吐きながら笑った。
「それはお互い様」
そして軽く指を振る。
「さっ、オムライス行こうか。瑛太ちゃん」
「なんだよ。オムライスはごちそうやねんぞ」
「わかった、星羅ちゃんもオムライス大好きだから」
「で、どこに行くん?」
星羅はくすっと笑う。
「瑛太って本当はボケ役なんじゃない?」
少し首を傾ける。
「オムライス屋だよ」
昼の光が帽子の端に反射し、頬の赤みがほんのり際立つ。
瑛太は少し慌てたように言う。
「お、俺はツッコミだよ。星羅も知ってるだろ」
星羅は考えるふりをする。
「でも、前の……誰だったっけ。そうそう、田中さん。
ボケたいから瑛太がツッコミになったんだよね?」
「まぁ……そうだけど」
星羅はにっこり笑う。
「色々試してみよう」
そして拳を軽く握った。
「その前にオムライスだぁ」
胸のリズムが少しだけ弾む。
息がほんのわずか速くなる。
瑛太もつられて拳を小さく上げる。
「そうだぁ」
二人の視線が一瞬交わり、距離がほんの少しだけ近づいた。
「行こっ」
「うん」
星羅が歩き出す。
「瑛太はどんなオムライスが好き?」
「えっ?」
瑛太は目を丸くした。
「オムライスって一種類じゃないの?
あの……卵で包まれてケチャップがかかってるやつ」
星羅は思わず吹き出した。
「平成初期か」
肩を震わせながら笑う。
「今はいっぱい種類あるよ」
少し意地悪そうに笑った。
瑛太の目が輝く。
「楽しみすぎるやろ」
子供みたいな声で言う。
「早く行こ」
「ちょっと待って」
星羅はバッグから帽子を取り出す。
「帽子とサングラスするから」
「俺もしようかな」
星羅は即答した。
「瑛太は顔ささないから要らない」
「酷い」
瑛太はわざと肩を落とす。
「もうええから、早く俺をオムライス屋につれてってや」
星羅はにやりと笑った。
「はいはい。オムライス屋にいくよ、瑛太ちゃん」
「わーいって……俺の方が年上なんやで」
星羅は少し振り向く。
「そういう所が子供じゃない?」
「うっ……」
二人の笑い声が昼の風に混ざった。
帽子のつばとサングラスが光を反射し、川沿いの道に小さなきらめきが散る。
家に一度帰ったあと、二人はすっかり自然体になっていた。
胸の鼓動。
視線。
呼吸のわずかな揺れ。
どれもが、互いの存在を少しずつ意識させていく。
昨日よりもほんの少しだけ——
二人の距離は近づいていた。
二人は川沿いの道をゆっくり歩いていた。
昼の光が歩道にやわらかく落ち、風が時々頬を撫でていく。
星羅は少し前を歩きながら振り返った。
「そんなに楽しみ?」
瑛太は即答する。
「当たり前やろ」
少し身を乗り出す。
「だってさ、オムライスってあれやろ?」
指を折りながら言う。
「チキンライスに卵やろ」
星羅は肩を震わせた。
「それが基本ね」
「それ以上なにがあるん?」
瑛太は本気で不思議そうな顔をする。
星羅は歩きながら少し振り返り、にやっと笑った。
「着いたらびっくりするよ」
「マジで?」
「うん」
「そんな進化してんの?」
星羅はくすっと笑う。
「オムライスの世界を舐めないでください」
「怖いわ」
瑛太は笑いながら言った。
「俺、オムライス界に失礼なことしてた?」
「かなりね」
「謝っとこかな」
「誰に?」
「オムライスに」
星羅はつい吹き出した。
「意味わからん」
二人の笑い声が昼の道に軽く広がる。
しばらく歩くと、住宅街の角に小さな店が見えてきた。
星羅が足を止める。
「ここ」
瑛太は顔を上げた。
古い木の看板が、軒先から静かに下がっている。
そこには丸みのある文字で書かれていた。
――アルデンテ
店の窓は大きく、ガラス越しに店内が少し見える。
木のカウンター。
窓際のテーブル席。
静かな空気の流れる喫茶店だった。
瑛太は看板を見上げた。
「……パスタ屋?」
星羅は笑う。
「喫茶店」
「ほんまにオムライスある?」
「あるある」
瑛太は店をじっと見た。
「なんか……」
少し考える。
「落ち着く店やな」
星羅は小さくうなずいた。
「でしょ」
そう言ってドアノブに手をかける。
カラン、と小さなベルが鳴った。
「いらっしゃい」
店の奥から落ち着いた声が聞こえる。
星羅が振り返った。
「ほら、瑛太」
にやっと笑う。
「オムライスの世界へようこそ」




