第二十二話『泣いたカラスのトキメキ』
「さて、帰ろうか?」
瑛太は大きく伸びをしながらベンチから立ち上がった。
頭の上から、まっすぐな陽射しが降りてくる。
太陽は、いつの間にか真上まで昇っていた。
川面がきらきらと光を跳ね返している。
遠くで水の流れる音が静かに続いていた。
「うん、あはっ、私絶対にひどい顔してる」
星羅は慌てて両手で顔を隠す。
指の隙間から、くすっと笑う息がこぼれた。
瑛太
「女優さんやろ。そういう役や思えばええんちゃう?」
星羅
「ふふっ……瑛太おもしろい、ふふっ」
肩を震わせながら、星羅は笑う。
さっきまで泣いていた目元が、少し赤い。
瑛太
「よかったわ、泣いたカラスが笑ったわ」
瑛太は川の方へ視線を向けた。
風が吹き、水面がゆらりと揺れる。
「見返そうや……」
「星羅はつまらなくなんてない。ツッコミの俺が言ってるんやから間違いない」
瑛太は振り返る。
「二人であいつ等を見返そうや……」
いつもの瑛太の、ニッと笑う笑顔。
星羅はその顔を見上げたまま、動かなくなる。
まばたきも忘れたように、じっと見つめる。
星羅
「………」
川の音だけが、静かに流れる。
瑛太
「あれ?俺やらかした?」
「スベったかぁ〜」
と頭を抱える。
星羅
「ち、違うの」
「い、一緒に頑張ろう」
「よーし、頑張るぞぉ〜」
星羅はぐっと拳を握る。
胸元が小さく上下する。
瑛太
「よかったぁー」
「スベったかと思ったやん」
「『ツッコミの俺が言ってるから間違いない』キリッでスベったら最悪やん」
「もう、星羅が変な間空けるからぁ〜」
星羅
「ごめん、ごめん」
「今日のお礼にランチおごるから、何か食べに行こう」
「何がいい?」
瑛太
「オムライス」
星羅
「子供かww」
言ったあと、星羅は一瞬だけ瑛太の顔を見る。
瑛太はニコニコと笑い、当たり前みたいな顔で立っていた。
星羅
「まぁ、私も好きだから。おいしいお店知ってる。そこ行こ」
星羅はふっと目を細めて笑う。
昼の光がその横顔をやわらかく照らしていた。
瑛太
「おう」ニッコリ
「その前に一回家帰った方がええんちゃう?」
星羅
「あっ、わすれてたぁ〜」
「瑛太、顔見ないで〜」
両手でまた顔を隠し、くるっと背中を向ける。
瑛太
「はははっ」
「星羅、昼食べたら稽古場行く?」
「それともお茶でもするか?」
星羅
「稽古場行きましょう」
瑛太
「よっしゃ、そうしよう」
「俺も荷物取りに一回帰るわ」
星羅
「じゃあ、また待ち合わせてオムライス行きましょうね」
ニッコリ。
瑛太
「うん、そやな」
「そんじゃ帰ろっか?」
二人は並んで歩き出す。
川沿いの道に、昼の風が静かに吹いた。
靴音がゆっくりと重なっていく。
星羅が一歩進む。
瑛太も同じ速さで歩く。
もう一歩。
いつの間にか、二人の歩く速さは揃っていた。
今日、二人の歩幅は
初めて同じリズムで揃っていた。
そのことを、まだ二人は知らない。




