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第二十一話 赦しの朝

翌朝。


目を覚ました瑛太は、しばらく天井を見つめたまま動かなかった。


昨夜のことが、静かに頭の中で反芻される。


『私……お芝居が怖いんです……』


グラスを握りしめ、俯いた星羅の姿。


『逃げたくなる時もある……』


あの震えた声。


瑛太は小さく息を吐いた。


「……星羅、元気なかったな」


枕元の時計を見る。午前十時。


少し迷ってから、スマートフォンを手に取る。


――散歩、行かへん? 近くの川沿い。


送信。


すぐに既読がつき、短い返事が返ってきた。


――うん。


川沿いの道は、柔らかな陽射しに包まれていた。


空は、雲ひとつない快晴。


「おはよう」


「おはよう」


並んで歩き出す。


少しだけ距離を空けて。


「えー天気やな〜」


瑛太が空を仰ぐ。


星羅は小さく頷いたあと、視線を足元に落とした。


「あのね……」


「うん?」


少し間があって、星羅が口を開く。


「私と柊さんは、元は仲が良かったんだ……」


風が水面を揺らす音がする。


「最初はね、お買い物行ったり、お互いの部屋に遊びに行ったりしてた……」


声は穏やかだった。


でも、その奥にあるものを、瑛太は感じていた。


「だけど、だんだん実力の差が開いて……」


「仕事では比較されて、焦って……一人で葛藤してた」


一度、唇を噛む。


「ある日、言われたの」


少しだけ足が止まる。


「“あなたは真面目ね、演技がつまらないわ”って」


静かな川の流れ。


瑛太は眉をひそめる。


「酷くない?」


星羅は、首を横に振った。


「ううん。私の実力でもあるから……言われても仕方ないよ」


その言い方が、あまりにも自然で。


瑛太は空を見上げたまま、ゆっくりと言った。


「そっか…でも星羅…怒りはな、自分に向けん方がええよ」


視線は青空。


押しつけるでもなく、ただ静かに。


その一言が、星羅の胸の奥に落ちる。


肩が、わずかに揺れた。


少し先のベンチに腰を下ろす。


沈黙。


川の音。


遠くで鳴く鳥の声。


星羅は両手を膝の上で握りしめる。


「私…演技がつまらないって言われた事よりも……」


声がかすれる。


「それを……正しいって思った、自分が」


息が詰まる。


「悔しい」


一滴、涙が落ちた。


慌てて拭う。


深呼吸。


戻そうとする。


でも、次の言葉が出ない。


「私……」


喉が震える。


肩が小刻みに揺れる。


「ちゃんと、やってきたのに……」


声が割れた。


抑えようとする。


唇を噛む。


けれど、止まらない。


堰を切ったように、涙と声が溢れた。


子どものように、まっすぐな泣き方だった。


瑛太は何も言わない。


ただ、そっと背中に手を当てる。


泣き止むまで、待つ。


空は、雲ひとつないまっさらな青だった。



ひとしきり泣いたあと。


星羅は鼻をすすり、少し恥ずかしそうに笑った。


何も言わず、深く息を吸う。


空を見上げる。


「あー、青い空だね……」


涙で滲んだ視界の向こうに、澄みきった青。


隣を見る。


瑛太は同じ空を見ている。


何も知らない顔で。


その横顔に、胸が少し鳴った。


(あれ……)


ほんのわずかな違和感。


(なんで……こんなに安心してるんだろう)


鼓動が一つ、強く跳ねる。


でも、すぐに視線を前に戻す。


まだ、言葉にはしない。


今は――芝居。


それでも。


確かに何かが芽生えたことを、星羅はうっすらと自覚していた。


小さく、息を整える。


そして。


「瑛太……ありがとう」


柔らかな声。


瑛太は少しだけ目を丸くして、照れくさそうに笑った。


「おう」


川の流れは、静かに続いていく。


青い空の下で。





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