第十八話 『魚神で笑う三つの影』
店内は次第に満席になり、活気が一段と増していた。
焼き鳥を焼く鉄板のジュウという音、ジョッキを合わせる乾いた音、常連たちの笑い声。
そのすべてが、夕方の柔らかい光の残る店内を満たしていた。
星羅は小さく微笑みながら口を開く。
「そういえば、ちゃんと自己紹介してないですよね」
頬はすでに淡く赤く染まっていた。
「年齢は22歳です」
瑛太はニッと笑った。
「なんや、一つ違いやったんやな。俺は23や」
「なんだ、そうだったんですね」と星羅。
「そう、だから今日から敬語なくさへん?」
軽く肩を揺らしながら、瑛太は尋ねる。
「そうしましょう」
星羅はにこにこと笑う。
その笑顔に、瑛太の胸がほんの少し緩んだ。
「星羅は、いつぐらいから芝居してるん?」
「高校を卒業してからだから、18歳からだよ」
「俺も」
瑛太は驚いた表情を浮かべる。
「そうなんだ」
星羅は頷き、視線を少し逸らす。
「高校の同級生とコンビ組んで上京してきた」と瑛太が続ける。
「星羅は出身はどこなん?」
自然に聞いた言葉に、星羅は小さく笑った。
「札幌です」
「そっか、札幌か……北海道の?」
瑛太はすぐに口を付く。
「他にどこに札幌あるんですか」
星羅の笑顔が柔らかく、店内の空気までほんのり温かくなる。
「ほんまや」
二人は笑いながら、互いの距離の縮まりを感じる。
「北海道から18で上京か……大変やったんちゃう?」と瑛太。
「まぁ……一人暮らしも始めてで、右も左も分からない状況でしたね」
星羅はビールを一口飲み干す。
「でも、島原さんが助けてくれたから……」
苦労と努力が、その端々に滲む。
瑛太は小さく頷き、心の中で思う。「そっか、島原さん頼りになるもんな……謎が多い人だけど」
そのとき、島原が明るい声を上げた。
「誰が謎が多いだって?」
二人は思わず振り返る。
「島原さん!?」
島原は笑顔のまま、注文を告げる。
「お兄さん、生二つ」
「どうしたんですか? っていうか、何で生二つなんですか?」
瑛太は真顔で聞く。
「そりゃ、一杯目は最初の一杯だから一気に飲むじゃない。だから前もって次のビールも頼んどくの」
枝豆を口に運びながら、島原は涼しげに説明した。
「なるほど」と瑛太は笑う。
ふと肩の力が抜ける感覚が心地よい。
「お仕事は?」と星羅が尋ねる。
「今日は上がり。大事な二人に変な虫が張り付いているかも知れないからね」
島原の声は柔らかく、でも目の奥にきらりと光があった。
その視線の先に、カウンターの一人の男性を見つける。
「ちょっと待った。そこの帽子のおじさん、スマホとカメラとレコーダー渡してちょうだい」
男性はびくっと身を震わせ、島原の手元にそれらを差し出す。
島原は手早くレコーダーとカメラのデータを消去し、スマホも返却する。
「原田編集長によろしく。あまりこの子達の未来を邪魔しないでね」
男性は苦笑しながら、そそくさと店を後にした。
島原は周囲を見渡す。
「他は、居ないみたいね」
二人の尊敬の眼差しに気づき、島原はにっこり笑う。
「まぁ、私も悪かったわ。二人に打ち解けてもらおうと思って行かせたんだけど、予想以上に注目されてるみたいね」
「……あー、ビールの泡が無くなっちゃった」
島原がしょんぼりすると、瑛太と星羅は思わず顔を見合わせ、笑いがこぼれる。
「まっ、いっか」
にこりと微笑む島原に、二人も頷く。
「改めて乾杯しよっか?」
「はい」
三人でジョッキを合わせる。
音が店内に響き、少しだけ時間がゆっくり流れた気がした。
島原は一気に一杯を飲み干す。
「ふわぁー、生き返る〜」
その姿に、星羅はぷふっと笑い、瑛太もつられて小さく吹き出した。
「な、何よ?」と島原。
「何かさっきのおじさんの時とあまりにもギャップがあって」
星羅はぷふっと笑う。
「そうそう、あと『ふわぁー』の時の幸せそうな顔」
瑛太も顔をほころばせる。
「幸せがにじみ出てた」と星羅。
三人は笑い、ジョッキを傾ける。
大人の作った壁やしがらみは、今のこの時間には届かない。
「いいのよ、もう……大人を飾らないで。ほら、飲むよ」
島原は顔を真っ赤にしながら、笑顔を零す。
夜はゆっくりと更けていく。
笑い声とジョッキの音、香ばしい匂い。
それだけで、三人の距離は静かに近づいていった。




