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「先生!これはなんですか?」
アリスが弾んだ声を上げてアーサーに聞く。
商店がある通りを見て回ると、アリスには真新しいもので溢れていた。
路面に店を広げた通りの食べ物達がアリスの鼻腔を擽る。
「食べてみますか?」
アリスが頷くと、アーサーは店主から一つ買ってくれた。
「熱いから気をつけて」
アーサーから受け取った揚げたパンのような物を口に頬張ると、中から肉汁と餡が飛び出してきた。
「……ッ!!」
慌てて口を離すと、アーサーが笑いながらアリスの顎を指先で持ち上げた。
「ほら、だから言ったじゃないですか。お口を開けてー。……少し火傷になってますね」
アリスは気恥ずかしさに視線を上へ持ち上げたまま、アーサーのなすがままになっていた。
アーサーがアリスの口の中を念入りに覗いている気配になかなか視線を下げられずにいる。
すると、アーサーが小さく笑う気配がして思わず口を開けたままアーサーを見る。
アーサーはアリスの下の前歯を指先で小さく弾いた。
「可愛い歯」
「ア、アーサー先生!」
思わず口を閉じたアリス。
アーサーは自分の口元に拳を軽く当て、反対の手を腹に当てて笑っている。
「だってあんまり小さくて可愛い歯だったから。ふふ、ごめんなさい。怒らないで」
無邪気なアーサーの笑顔にアリスは益々頰が熱くなった。
アーサーは横目でアリスの真っ赤な顔を見ると、大きな手のひらでくしゃりとアリスの頭を撫でた。
アーサーの触れた頭が熱を帯びて熱かった。
♢
「ここのケーキ、女性にすごく人気らしいんですよ。私も男ですが、甘過ぎないので食べられます」
アリスとアーサーは一通り散策を終え、当初の予定通りにケーキを食べにきた。
清潔感とノスタルジーが同居する落ち着きのある店内。
マホガニーの趣きのあるテーブルや椅子や床。
白い漆喰の壁。
天井からはとりどりのガラスで出来たランプ。
ランプのガラスは赤や白や黄色、青。透けた物をモザイク状に彩られており、中の灯りが四方八方に透かした色を反映していた。
その灯りが店内の雰囲気に非常に良く合っていた。
「とっても美味しいです」
アリスが含んでいたケーキを嚥下してから言うと、アーサーが向かいの席から乗り出してアリスの口に付いたクリームを拭ってくれた。
「その顔が見たかったんです。ずっと」
アーサーの甘い微笑みには何処か男性的な色香を感じる。
胸の動悸に頰がまた熱くなる。
「私の側に居る時は片時も安心しないでくださいね。でないといつかこのケーキのように食べてしまうかもしれませんよ」
「アーサー先生、冗談ばっかり」
アーサーが笑みを浮かべながら一口ケーキを食べる。
飲み込む際にアーサーの喉仏がゆっくりと動いた。
白いタイで締められた首元との対比が禁欲的に映る。
「冗談だと思いますか?」
アリスが答えあぐねていると、アーサーは雰囲気を変える。苦笑に近い笑みを浮かべてアリスに言った。
「追い詰め過ぎましたね。じっくりと私を知ってください。でも私はカイエン伯爵のように優しくはありません。覚えておいてください。貴女を欲する一人の男だという事を……」
アリスはアーサーの琥珀色の瞳に絡め取られたように暫く身動ぎも出来なかった。
こんなに熱烈な愛情表現をされた事が一度も無かったからだ。
上手く交わす事も出来ず、唯々翻弄されるしかない。
アーサーの言葉に、行動に踊らされているように。
心臓の鼓動が自分でコントロール出来ずに知らず知らずに勝手に跳ねていく。
アーサーはアリスを揺さぶり、まるで狩りを楽しむハンターのように追い詰めてくる。
「アーサー先生、なんだか恐いです」
アリスが恐る恐る感想を口にすると、アーサーは吹き出して笑った。
「そうですよ。私は恐い男なんです。油断していると大変な事になりますからね」
アリスはアーサーの琥珀色の瞳に浮かぶ欲望の一端を見た気がして、慌てて視線を逸らした。
アリスの慌てぶりにアーサーは気を良くしたように質問をしてきた。
「所でアリスさん、貴女はカイエン伯爵と婚姻を結ぶ際にどちらの教会で行ったんですか?」
「教会……ですか?」
「ええ」
「教会には行っていません。屋敷で説明を受けて書類には記名しましたけど、勉強を始める前だったので書いてある内容が難しくって私にはあんまり理解出来ませんでした」
「……そうですか。やっぱりそうだったんですね」
アーサーが考え込むように顎に手を当て黙り込んだ。
アリスはアーサーの思考の邪魔をしないように黙々と残りを食べた。
アーサーが先程言った内容の意味が分からなかったが、アリス自体世の中と隔絶されて育った生い立ちがある為、知らない事を明け透けに人に聞くのは苦手だった。
アーサーが言った教会の話がアリスにとって重要な事である事を知らないまま。
この時に、アーサーからきちんと話を聞き出してアーロンを問い詰めていたとしても、結果は何も変わらなかったかもしれない。
だが、決定的にアーロンとの溝が出来てしまう事は恐らくなかったのではないか。
過ぎた事を取り戻す事は出来ない。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
アーサーに促され、外に出る。
もう夕暮れであった。
赤に近い橙の陽が遙か彼方に沈んでいく。
露店街は更に活気付いている。
道を行く馬車がメイン通りの通行を制限される時間。
幅広の道に店から客と店主が和気藹々とテーブルや椅子を並べ出す。
陽気な声や楽器の音が鳴り出した。
アーサーに聞く所によると、この路上で毎晩持ち寄った店の物を食べ、呑んで、騒ぎ、歌う。
早朝まで自由に庶民達が騒ぎ明かすのだという。
自由な暮らしぶりにアリスは溜め息が出る程の憧れを感じた。




