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アリスが人混みを眺めていると、不意にアーサーに手を引かれた。
驚くアリスに戯けた表情を浮かべ、アーサーが言った。
「もう少し一緒に居ませんか?食べ物を買って、呑んで騒いで。私にアリスさんの時間をもう少しください」
「でも、あの、遅くなるとみんなが心配しますから」
「大丈夫ですよ!御者に一度連絡に行かせますから。そうしたら安心ですよね?」
アーサーがアリスの瞳を見つめながら、掴んだ手の甲にキスを落とした。
アリスは有耶無耶に頷いてしまった。
流されたといえばそうなのだが、この喧騒にもう暫く身を置いていたいと思ったのだ。
「決まり、ですね」
アーサーはアリスの手を取り、馬車まで大股で歩き出した。
アリスは必死に小走りしながらアーサーに着いて行く。
人の波を自由に泳ぐように掻き分け進むアーサーの背中が頼もしく見えた。
アーサーは馬車を停めてある場所に着くと、御者に一言二言伝え、アリスを振り返った。
「さあ、これで安心ですね?あちらの店の鳥料理が絶品なんです。行きましょう」
アーサーは言うや否や歩き出した。
アリスは矢張り手を引かれながら人にぶつからないように懸命に着いて行く。
暫く歩くと、アーサーはアリスを近くの席に座らせ、露店からいくつかの料理と酒が入った木のカップを持って帰ってきた。
「これが、鳥肉を鉄板で炭焼きして甘辛く味付けしたものです。こっちは魚介サラダに人参や玉ねぎをすりおろして作ったドレッシングをかけたものですよ。海賊風サラダと店の人が言ってました。後は果実酒です」
「先生、ありがとうございます。よくこういった所で食べたりするんですか?とても慣れて見えたので」
「ああ、友人と偶に来ますから。似合わないですか?」
アーサーが小首を傾げて聞いてきたので、アリスは首を振って否定した。
「いつも落ち着いたアーサー先生しか知らなかったので新鮮です」
「そう、良かった。アリスさんも今日は屋敷とは雰囲気が違いますね」
「初めてこんなに賑やかな場所に来たからかもしれません」
「もっと色んな顔が見たいと思いました」
アーサーはそう言ってフォークで刺した肉をアリスの口に放り込んだ。
「ア、アーサー先生っ」
「ふふ、可笑しいなあ」
悪戯に笑うアーサーはいつもの固い雰囲気は完全に無く、アリスの張り詰めていた肩の力を抜かれていくようだった。
アーサーといると、アリスは素直になれる。
年相応でいてもいいのだと態度でアーサーが示してくれているような気がした。
「これ、凄く美味しい」
「でしょう?アリスさんと一緒に食べたかったんです。外で食べるとまた美味しさが増すような気がしませんか?」
「はい。こっちも食べてもいいですか?」
「遠慮なくどうぞ。それともまた私が食べさせて差し上げましょうか?」
「アーサー先生、意地悪はやめてください!」
アリスが焦ったようにフォークを手に取ると、アーサーは大きな声で笑った。
男性が声を上げて笑った様をアリスは初めて見た為、少し驚いた。
だが、その豪快な笑い声も辺りの喧騒に馴染んでいる。
アリスも楽しい気分になって笑ってしまった。
こんなに自由に振る舞える事自体がアリスは初めてだった。
抑圧された幼少期を暮らしたアリスにとっては、掛け替えのない時間のように感じた。
一通り食べ終わると、アーサーが広場にアリスを誘う。
そこには色取り取りのスカートを翻して踊る人々に、陽気な音色が溢れ返っていた。
打楽器のリズムに合わせ、弦楽器を奏でる髭を生やした男性。
誘われるように広場の中央に進むと、アーサーがアリスに向かい合って礼をする。
「アーサー先生!私ダンスなんか出来ませんっ」
アリスが慌てて言うと、アーサーは強引にアリスの手を引き腰に片手を当てた。
近過ぎる距離にアリスが思わず上半身を引くと、アーサーは矢張り強引にステップを踏み出す。
アリスの膝下丈のスカートがアーサーに合わせてふわりと舞う。
アーサーが長い足を軸にしてくるりと回る。
ふわりふわりと翻るスカートの花。
「大丈夫ですよ。ここは誰も貴女を気にする人なんていませんよ。私に身を任せて」
アーサーが音楽に負けじと声を張る。
下から見上げたアーサーの顔が余りにも楽しそうに映る。
広場の両端で焚かれた炎を受け、橙色に染まるアーサーに合わせてアリスもステップを踏んだ。
「アリスさん、ほら!ターンして」
「きゃあっ」
力任せにアーサーにくるくると回される。
バランスを崩すとアーサーが腰に回した腕で支え、簡単に引き起こされる。
髭を生やした男性の奏でるメロディーは益々盛り上がる。
蝶のように舞う周りの人々も次第にステップが軽くなる。
「アーサー先生っ、めちゃくちゃですね!」
「それで良いんですよ、楽しいでしょう?」
「楽しいですけど、私、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。私を信じて」
曲調が変わり、恋人達が寄り添ってしっとりと踊り出す。
アリスはアーサーに抱き締められるように、ゆっくりとその腕と胸に身を任せる。
暫く二人、抱擁をするように音の波に身を任せていると、曲が終わりを迎えた。
あちこちで疎らな拍手が上がる。
アーサーはアリスの手を引き、広場を出る。
人の少ない噴水の辺りに腰を下ろす。
並んで座ると、アーサーが真剣な表情でアリスに語りかけてくる。
「アリスさん、今日はとっても楽しかった。私と居るのは嫌じゃないですか?」
アリスは答えを迷った。
嫌じゃなかった。
アリスの人生において、こんなに楽しかった日は無いというくらいに楽しかった。
それが問題なのだ。
アリスが黙っていると、アーサーがぽつりと呟いた。
「カイエン伯爵が気になりますか?」
アリスが躊躇うと、アーサーはアリスの頭を抱えるように抱き締めてきた。
「大丈夫ですよ。貴女は後ろめたく感じる必要はありませんよ」
「えっ?」
アリスが思わず聞き返す。
「恐らく貴女とカイエン伯爵は婚姻を結ばれていません」
遠くに人々の賑やかな声が響いていた。




