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♢




スカーレットの墓からの帰り道、アーロンはアリスの変化に目を見張った。

つい先日までは少女らしさを感じる仕草をいくつも見つけられたというのに。

一枚殻を脱いだような、そんな表情をするようになっていた。

もうアーロンに守られていたばかりの少女では無いのだと感じた。

屋敷に着くと、アリスは言葉少なに自室へ下がっていった。

その儚げな後ろ姿に寂しさを覚える。

スカーレットの時もそうだった。

アーロン一人が留まった時の中に置いていかれるような、そんな感覚を何度も味わった。

ずっと手元に置いておきたい。

だが、手放さなければならない。

葛藤の最中にいる事を感じていた。

アーロンは去って行くアリスの背に伸ばしかけた手を握りしめていた。


アーロンは溜め息を一つ吐き、執務室に向かった。

暫くは領地の関係の資料を眺めていたが、気がつくとぽっかりと夜空に浮かんだ月を眺めていた。


アーロンは、今まさにその手のひらから零れ落ちそうになっているアリスを思い浮かべている。

アーロンの人生において総てであったアリス。

手放すと決めた途端に惜しくなっただけに違いないと、自分の胸に手を当て、痛みをやり過ごそうとした。

自分の中に芽生えている感情を無視する事が年々上手くなっていく。

そうして鈍感になればなる程、アーロンの本心は本人さえも騙していくのだ。


アーロンは夜空に浮かんだ限りなく満月に近い月が、まるで死神が開いた口のように見えた。







♢





アーロンと出掛けてから数日後の事である。

アリスはカイエン邸で読書をしていた。

今日は朝早くからアーロンはどこかへ出掛けたようだった。

そんな昼下がりの事だ。


「アリスさん、今日は一緒に出かけませんか?」


アーサーが診察日以外にカイエン邸を訪ねて来た。

アリスの顔色を診てから誘ってきた。

アリスはアーサーの好意を分かった上で誘いに乗る事を躊躇していた。


「あの、お誘いありがとうございます。でも私、行けません」

「この前の事なら気にしないでください。ケーキを食べに行きませんか?それだけです。お約束します」

「奥様、行ってらしたらどうですか?旦那様は特に外出の制限はされていませんし」


ジョネが後押しする形で外出が決まってしまった。

アーサーが乗ってきた馬車に乗ると、アリスの向かいの席にアーサーは座った。


「二人で出掛けるのは初めてですね」


アーサーがにこにこと、垂れ目気味の目尻を更に下げて言ってきた。

アリスの表情は矢張り冴えない。

アーロンの許可無く出てきてしまった事が心残りだったからだ。


「カイエン伯爵が気になりますか?それなら大丈夫ですよ」


アーサーの言葉に首を傾げる。


「きちんと許可を取ってありますから。二日程前に打診のお手紙を送ったんです。治療の一環として街に出掛けたいと伝えたんです」

「アーサー先生、これは治療なんですか?」


アリスが治療と聞いて幾分安心した表情を作ると、アーサーは苦笑いした。


「矢張り私は貴女やカイエン伯爵のような純粋な人間にはなれないようです」


アーサーの言葉の真意を理解出来ずにアリスが聞き返そうとすると、アーサーが手のひらを前に出して遮った。


「いいんです。貴女はそのままでいてください。でないと私の付け入る隙が無くなってしまいますから」


アーサーが続けた言葉は、人生経験の浅いアリスには矢張り読み取れなかった。

だが、アーサーがまともに返答する気が無い事は分かった為アリスは結局黙るしかなかった。

そんなアーサーを見ると、当たり前の事ではあるが、大人の男性といっても様々な種類の男性(ひと)がいるのだとアリスは思った。

アーサーは、一見物腰の柔らかい仕草や話し方ではあるが、時々驚く程強引だと感じる。

その強引さに嫌味を感じない所が、アーサーがいかに人心を心得ているかを物語っている。

一方でアーロンは、口数も普段から多い質では無い。

いつも一歩引いた位置から眺めている事が多く、不器用そうに見えるが意外と他人に合わせる事が上手いと感じる。

それは元々アンダーソン家で執事の職に就いていた事も関係するのかもしれないが、アーロン自体が根が優しいのもあるとアリスは感じていた。


「着いたようですよ」


アーサーの声に馬車の小さな窓から外を見ると、賑やかな商店が立ち並ぶ通りが見えた。

馬車から降りると、人や物が往来する様に唖然としてしまう。

屋敷の中の小さな世界しか知らなかったアリスには、人々の熱気や活気が真新しく新鮮に映った。

総ての物が初見に等しく、ついつい好奇心が勝ってしまう。

物珍しそうに辺りを見渡していると、頭上からアーサーの含み笑いが聞こえた。

途端に恥ずかしくなりスカートを握りしめて俯くと、アーサーが大きな手のひらでアリスの頭を撫でてきた。


「初めてですよね?良かったら時間の許す限りじっくり見て回りませんか?」


言うや否やアリスの手を取りアーサーは歩き出した。

一応確認はする割に、アリスの返答を聞く前に歩き出す。

そんな仕草がアーサーの人となりを表しているようで、アリスはアーサーの新しく知った一面に楽しい気分になった。

カイエン伯爵邸に来る白衣姿の医師としてのアーサーばかりしか知らなかった為、余計に新鮮に感じた。







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― 新着の感想 ―
[一言] 何かこうお見事です。お話がどちらに転ぶか読めないのです。
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