その9 衛兵ポトフ
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エッダの呼んだ謎の黒塗りの馬車に揺られながら、ディアナの曾祖母と悪役令嬢対策倶楽部のメンバーは王城を目指していた。
馬車は地味な外見に反して、内装には驚くほど金がかけられていた。
その乗り心地の良さに少女達は思わず顔を見合わせた。
「エッダ。そろそろこの馬車が何なのか聞かせて頂けません事?」
「う~ん。もう少し引っ張りたいんだけどダメ?」
少女達はみんな居心地が悪そうにソワソワしている。
これ以上隠されているとストレスでおかしな事になりそうだ。
エッダは仕方なくみんなに種明かしをする事にした。
「実はこの馬車は王城のやんごとなきお方が、お忍びで城の外に出る時に使われる馬車なんだ」
「「「「ええっ?!」」」」
「・・・やっぱり」
馬車の予想外の出自に驚く少女達。
思わず腰を浮かせた所で馬車がガタリと揺れ、「キャッ!」と悲鳴を上げて尻餅をついた。
ディーアーナだけは薄々気が付いていたのだろう。呆れ顔を隠しもせずにため息をついた。
「一体何をどうすれば王家の馬車を出させる事が出来るのかしら? 年寄りにその方法を教えてもらえませんか?」
「う~ん・・・これはウチが言うよりも直接会ってもらった方が早いかな。とにかくこの馬車に乗っている限り、お城の中庭まではフリーパスのはずだから。そこで降りたらみんなにも説明するよ」
エッダは少し考えて言葉を濁した。
少女達は「まだ何か隠し事があるのか・・・」と早くも疲れた顔を見せるのだった。
エッダの宣言通り、馬車は衛兵に中をあらためられる事もなく城壁の中へと入って行った。
国の中枢の信じられない無防備さに、ローゼマリー達は目を丸くして驚いた。
「いや、この馬車が特別なだけですからね。普通の馬車なら例え伯爵家のものであっても中をあらためるのが普通ですから」
ディーアーナが老婆心ながら一応のフォローを入れた。
エッダは仲間の驚く顔を見て、してやったりと笑みを浮かべた。
やがて馬車は王城の中庭の端に止まった。
「ここが終点なんですよ?」
「そうみたいだね。じゃあ降りようか」
どうやらエッダもここまでしか段取りを聞かされていないようだ。
少女達は馬車から降りるとキョロキョロと辺りを見渡した。
バルバラがそびえたつ城を見上げて思わず呟いた。
「これがリンプトハルト城・・・ 何という立派な城だろうか。まさか王城を直接この目で見られる日が来るなんて思いもしなかった」
小高い丘の上に建てられた白亜の城は、堅牢さの中に優美さを備え、見る者の目と心を捉えて離さない。
いつもは城壁の中に隠れて町からは屋根と一部の塔しか見えないが、それがもったいない程の美を湛えていた。
バルバラの呟きにクラリッサがブンブンと頭を縦に振った。
エッダも同感なのだろう。さっきまでのテンションはどこへやら。今は神妙な面持ちでこのロマンチックな光景に目を奪われている。
いつもは眠そうなディアナも、リンプトハルト王国に生まれた者としてこの光景には流石に感じ入る物があるのだろう。
曾祖母を支えながら呆然と城を見上げていた。
少女達の中で最初に自分を取り戻したのはやはりローゼマリーだった。
城の敷地内に入ったのが初めての仲間達と違い、彼女は両親に連れられて何度かここを訪れた経験があったのだ。
そんな彼女が誰よりも早く、良く目立つある男を見付けたのは当然と言えた。
「あなたは・・・ 確かエッダの実家の――」
「あの時はお手数をおかけしました、メッテルニヒ様」
ローゼマリーの前で膝を折ったのは身長が2mはあろうかという筋骨隆々の衛兵だった。
少女達が訝しげな表情になる中、エッダが嬉しそうに男を仲間達に紹介した。
「彼がウチの協力者、衛兵ポトフ! 少し前にウチの実家からウチに差し向けられた刺客だった男さ!」
ポトフと呼ばれたこの衛兵こそ、つい先日、学園に用務員として潜り込んでいた男だった。
かつてはピンクと名乗っていたが、今はポトフと名乗っているようだ。
本人は自分の名前に不満があるらしく、エッダにポトフと呼ばれて少しイヤな顔を見せた。
・・・どうやらまた名乗りの時に何か失敗したらしい。意外と要領の悪いところのある男である。
彼はエッダの母親に雇われ、エッダを傷付けるために学園に潜伏していた所をアルトとアルトの同室のダミアンに阻止された。
三人が膠着状態に陥っていた所をローゼマリーの実家の騎士団が乱入、拘束されたのだった。
ちなみにローゼマリーの実家、メッテルニヒ伯爵家の介入でエッダの母親からの依頼はうやむやになった。
その後彼は、口八丁手八丁でうまうまと王家の騎士団の下男に潜り込み、さらにそこから何をどうしたのか遂には王城の衛兵にまで上り詰めていたのだった。
おそるべきバイタリティーの持ち主である。
そんな説明をエッダから聞かされて、流石に少女達も開いた口が塞がらなかった。
「いやあウチも本人から聞かされた時には驚いたよ」
「エッダを狙っておきながら、連絡をして来たんですよ?」
「・・・俺もバカンス嬢に顔見せ出来ない立場なのは分かっているつもりだ。だがそれでも知らねばならない事があったのだ」
どうやら男はアルトとダミアンの事が気になっていたらしい。
特に彼はダミアンからは兄貴と呼ばれて慕われていた。
そんな少年達がメッテルニヒ家の騎士団に酷い扱いを受けていないか気になっていたのだ。
「善人なのか悪人なのか分からないヤツだな」
「バカンス嬢を狙ったのはそれが俺の仕事だったからだ。それも必要以上に傷付けるつもりは無かった」
「それでも感心致しませんわ」
男は少女達には大変不評だったが、ディーアーナは複雑な表情を浮かべている。
平民は例えそれがどんな理不尽な物であったとしても、貴族からの依頼を断る事は決して出来ないと知っているからである。
エッダもその辺りの事情は男から聞かされているのだろう。今では何の恨みも抱いていないように見えた。
「まあそれでも貸しがあるのは事実だからね。今後は色々とウチのために働いて貰う事にしたのさ。ローゼマリーの将来を考えると、衛兵とはいえ王城に伝手があるのは重要だからね」
「報酬に見合った仕事はする。俺はプロだからな」
「エッダ・・・」
エッダは平気そうに語っているが、一度自分を狙った相手に近付くのはやはり恐ろしいに違いない。
しかし彼女は自分の恐怖心を押し殺して友人のためにこの男を利用すると決めたのだ。
そんなエッダの胸中を推し量って、ローゼマリーは胸に温かい物がこみ上げてくるのを感じた。
「それにしてはおかしくありませんか? ただの衛兵があの馬車を自由に使えるわけはないでしょう?」
「それはそうだ。あれは俺が手配したんだからな」
「「「「「!!」」」」」
いつの間にか一人の青年が彼女達の背後に立っていた。
年齢は20代後半。胡乱な目をした気難しそうな青年だ。
日焼けして浅黒い顔は衛兵のようにも見えるが、着ている服は大変に贅を凝らした物だとひと目で分かる。
衛兵ポトフの上官だろうか?
それにしては何も防具を身にまとっていないが・・・
「大お婆様?!」
ディアナは突然曾祖母が自分の手を振り払おうとしたため驚きの声を上げた。いや違う。彼女は膝をつこうとしているのだ
「あなた達も頭が高いですよ! このお方をどなたと心得ているのですか?!」
まるで先の副将軍のお供のような事を言い出すディーアーナ。
「? どなたですの?」
「ああ良い。今はお忍びだ。それに俺は女にかしずかれて悦に入る趣味はないからな」
ぶっきらぼうに答える青年だったが、足の不自由な老婆を気遣っているのは誰の目にも明らかだ。
どうやら気難しそうな見た目と違って優しい所のある男のようだ。
「お忍び? 偉い人なんですよ?」
「お前、そういう聞き方は本人にはしないもんだぞ? まあいい。偉いと言えば偉いな。この国で二番目だが」
青年がサラリと落とした言葉の爆弾に少女達は思わず顔を見合わせた。
「――このお方はイスメル殿下。この国の王太子殿下であらせられます」
「「「「「!!!」」」」」
慌ててひざをつく少女達。クラリッサに至っては土下座しかねない勢いである。
青年――この国の第一王子イスメル――はため息をつくと、「だから今はお忍びだって言ってるのに」とぼやいた。
次回「王太子イスメル」




