その8 うってつけの人材
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ディアナの曾祖母『アスペルマイヤーの大魔女』ディーアーナから聞かされた話は、ローゼマリー達にとって驚きの連続であった。
「初代国王陛下の建国の裏には本当に精霊のお力添えがあったのですわね」
「だからディアナの大お婆様は”王家の精霊”様の事を”運命の精霊”と言ったんですよ?」
「運命の精霊。・・・まさかそんな精霊が存在していたなんて」
「ディアナも聞かされていなかったのかい?」
エッダの言葉にディアナはフルフルとかぶりを振った。
その振動が体を伝い、大きな胸のふくらみがプルリと揺れた。
非常に冒険心をくすぐられる光景だったが、現在この部屋には少女と老婆しかいなかった。
アルトの不在が惜しまれる所である。
興奮する仲間達をよそに、バルバラだけが難しい顔をして考え込んでいた。
「それで、どうしてそんな尊き精霊がアルトの命を脅かすような事をしたんだ?」
バルバラの指摘にハッとする少女達。
彼女達は一斉にディーアーナに振り返った。
少女達の視線を受けてディーアーナは黙り込んだ。
彼女にも王家の精霊の意図は分からなかったからだ。
「ひょっとして他人の空似なんですよ?」
「そんなはずはない」
クラリッサの思い付きは即座にディアナに否定された。
精霊はこの世界の生き物の姿を模している。女性の姿で腕が四本、十六対の白い翼の生えた生き物などこの世に存在しない。
そんな姿を持つ精霊は異世界から来た王家の精霊以外に考えられなかった。
「王家の精霊に何かが起こっているのかもしれませんね」
ディーアーナは覚悟を決めた顔で重い口を開いた。
「”聖域”に行って直接この目で確認する必要があります」
「「「「「!!」」」」」
聖域は王城の奥、王家の精霊の住まう場所として国民にも広く知られている。
ディーアーナは直接そこにおもむき、自分の目で――精霊の見える目で確認すると言うのだ。
「・・・僕も行く。あの精霊の姿を見ているのは僕だけ」
ディアナの言葉にディーアーナは難色を示した。
「王城はあなたが入れるような場所じゃありません」
「私も一緒に行きますわ!」
今度はローゼマリーが声を上げた。
「まだ正式には決まっていませんが、私はアーサー殿下の婚約者です。王城に入る資格がありますわ」
「! ローゼマリー、どういう事なんですよ?!」
初めて聞かされる話にクラリッサとバルバラが驚いた。
いや、ディアナも驚いているようだ。いつも眠そうにしている目がやや見開かれている。
この中で唯一事前に知らされていたエッダだけが、沈痛な面持ちでローゼマリーを見守っていた。
「みなさんに黙っていて申し訳ありませんでした。まだ正式に決まった訳では無いので――」
「でも! 殿下と婚約したらローゼマリーは破滅してしまうんですよ?!」
「まさかそれを忘れた訳じゃないだろうね?」
血相を変える少女達を見て、何か深い事情があると察したのだろう。ディーアーナは黙って彼女達が落ち着くのを待った。
「今はそれよりも王家の精霊の確認ですわ。私がアーサー殿下にお目にかかりたいと告げれば王城に入る事が出来ると思いますわ!」
「・・・ローゼマリーの気持ちは分かるけどそれは無理なんじゃないかな?」
ここでエッダが口を挟んだ。
「どうしてですの?!」
「君にだって分かっているだろう? その方法は少なくとも婚約が正式に発表されてからじゃないと使えない。そもそも君一人で王城に行くなんて出来っこないよ。必ずご両親と一緒に行く事になるはずだ」
エッダの正論にローゼマリーはぐうの音も出なかった。
「でも・・・私は・・・」
悔しさに唇を噛むローゼマリー。
アルトが倒れた時に、彼女はうろたえるだけで何も出来なかった。
そしてまた今も意識を失ったままの彼に何もしてあげられない。
そんな自分が不甲斐なくて仕方がないのだ。
ローゼマリーを気遣って何も言えない仲間達。
ディーアーナが彼女を慰めようと口を開きかけたその時、エッダがパンッと手を打った。
「だったらここはウチに任せてくれないかな? 実は今回の件にうってつけの人材を知っているんだ。いやあ、ここにアルトがいないのが本当に残念だよ」
「?」
いつものイタズラめいたエッダの表情に、少女達は思わず顔を見合わせるのだった。
翌朝。寮の食堂でいつものように一人で朝食を食べていたクラリッサは、自分の目の前の席に誰かが座った気配に顔を上げた。
「やあおはよう」
「エッダ・・・ 昨日はどうしたんですよ?」
昨日。あの後エッダは「さあ忙しくなって来たぞ。また明日!」と言い残すと早々に部室を後にしたのだ。
残されたメンバーは何だか狐につままれたような気分になった。それ以降はどうにも議論も弾まず、ひとまずエッダの連絡待ちとしてその日は解散したのだった。
ちなみにディーアーナはディアナの父に支えられながら教職員室へと向かった。
昨夜は王都の貴族街のアスペルマイヤー家の屋敷に泊まったはずである。
「そんな事より今朝連絡が来たんだ。どうにか潜り込む目途が立ちそうなんだってさ。今日は外出の準備をして部室に集合だよ」
「潜り込むって? まさか王城に?!」
思わず驚いて叫んだクラリッサに、エッダは「しっ」っと人差し指を唇に当てた。
「どこから秘密が漏れるか分からないからね。頼むよ」
クラリッサは慌てて両手で口を押えるとコクコクと頷いた。
エッダはその様子にクスリと笑うと「じゃあみんなにも連絡しないといけないから」と告げて去って行った。
クラリッサはしばらくは呆けたように彼女の後姿を見送っていた。
「外出の用意って・・・ まさか私も王城に行くんですよ?」
彼女の疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。
放課後。悪役令嬢対策倶楽部の部室にアルトを除くいつものメンバーが集まった。
みんなエッダの指示通り外出の準備を整えている。
最後に部室に入って来たエッダは、仲間の服装を見渡して満足そうに頷いた。
「ちゃんとウチが言った通りに準備して来てるね」
「あの・・・私達はどうすればいいんですの?」
「いいからいいから。みんなは僕に付いて来て。学園の外に馬車が停まっているはずだから先ずはそこまで移動ね」
訝しそうなみんなの表情が余程面白いのか、今日のエッダはいつにも増してテンションが高目である。
心に湧き上がって来るワクワクが抑えきれないようだ。
こうなったエッダには何を言っても通じない。
少女達は諦めて大人しく彼女に従う事にした。どの道それしか選択肢は無いのだ。
果たしてエッダの言った通り学園の外に黒塗りの馬車が停まっていた。
少し大きめの何の変哲もない馬車だ。
「これは・・・」
だが、この馬車に心当たりがあったのか、ディーアーナの目が訝しげに細められた。
エッダは老婆に振り返ると茶目っ気たっぷりにウインクをした。
その顔は「みんなには黙っていてね」と言っているとしか思えなかった。
ディーアーナは呆れ顔で思わず小さく首を振った。
「大お婆様?」
「やれやれ最近の子はとんでもない事を考えるものですね。何でもありません。さあ行きましょう」
「行くって・・・本当にアタシまで行って大丈夫なんですよ?」
クラリッサはおっかなびっくり。ディーアーナはディアナとバルバラに支えられながら馬車に乗り込んだ。
ローゼマリーはチラリと御者に視線を送ったが、彼は黙って前を向いているだけでこちらを振り返りすらしなかった。
その良く訓練された姿に彼女は僅かに違和感を感じたが、彼女がそれを言葉にする事は出来なかった。
その前にエッダに元気よく背中を押されて馬車に押し込まれてしまったからだ。
「さあ乗った乗った。全員乗ったね? じゃあ出発!」
パシン
御者が手綱を慣らすと馬車はゴトゴトと走り始めた。
目指すは王都の中心地。
丘の上から王都の街並みを睥睨する、リンプトハルト城である。
次回「衛兵ポトフ」




