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その7 運命の精霊

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ディアナの曾祖母、ディーアーナが案内されて来たのは貴族学科の部室棟。

 いつもの悪役令嬢対策倶楽部の部室だった。


 彼女は後をついて来ようとした教職員とブリギッテをやんわり断ると、ローゼマリーに落ち着いて話が出来る場所に案内を頼んだ。

 ローゼマリーが連れて来たのがいつもの部室だったのだ。

 

 ディーアーナは穏やかな笑みを浮かべながらイスに座っている。

 彼女が座っているのは長机の端。いわゆる「お誕生日席」と言われる場所だ。

 いつもはローゼマリーが座っている場所でもある。


 ちなみにローゼマリーが座っているのは彼女の右斜め前。

 いつもはアルトの座っている席だ。


 ディアナの父は祖母をここに座らせると、ローゼマリーのメイドに案内されて部屋を出て行った。

 最後まで娘に対して不満を隠せない様子だったが、祖母の前では何も言えないようだ。

 こうしてこの部屋に残ったのは、アルトを除くいつものメンバーとディアナの曾祖母の六人となった。


 ディーアーナは自分の弟子に尋ねた。


「手紙に大まかな事情は書いてあったけど、詳しく教えてくれるかしら?」


 ディアナは少しばつが悪そうな顔をしている。

 すかさずローゼマリーがディーアーナの言葉に答えた。


「ディアナは、その、今回の件で自室待機を命じられていましたの。なので彼女の知らない話は私からお話致しますわ」

「あら、そういえばそうだったわね。そうね。よろしくお願いしますねローゼマリーさん」


 あの日、今回の騒動の主犯となったディアナとバルバラは、すぐに教師に連れて行かれてその後は謹慎処分が言い渡されていた。

 それにディアナはあまり人に説明するのが得意ではない。

 ディアナは「アルトだったら僕の言いたい事をすぐに分かってくれるのになあ」と、病院のアルトの下へと心を飛ばしていた。




 説明はローゼマリーの話に時々ディアナが解説を加える形で行われた。

 少女達がディアナの目の秘密を知っている事に、ディーアーナは最初、驚きと心配の表情を浮かべた。

 しかし注意深くディアナを見ていると、極々自然な様子でみんなに接している。

 昔の他者に対して無関心だった頃の彼女からは考えられない姿である。


(やはりこの学園に入学させて良かった)


 ディアナに訪れた心境の変化に、いつしかディーアーナはひ孫を見守る曾祖母の顔になっていた。

 こうして話を最後まで聞き終えると彼女は難しい顔で小さく頷いた。


「先ずはディアナが見たという化け物についてですが、私もそんな精霊は見た事がありません。十以上もの生物の特徴が混じり合った精霊――ちょっと信じられないわね」

「ウソじゃない」


 ディアナがちょっとむくれて口をへの字に曲げた。


「後で学園の教師に頼んでテレサさんに会わせてもらえば分かる事ですわ」

「そうね。面談出来なくても離れた場所からひと目見るだけで分かることですものね」


 これは後の話となるが、この時テレサ・テーゼはディアナの曾祖母の来訪と入れ違うように学園の外に出ていた。

 親類からの呼び出しとの事で、担任の教師も彼女の連絡先を把握していなかった。

 こうしてディーアーナはテレサと会えなかったのだが・・・これを偶然と言うにはあまりにも出来過ぎではないだろうか?


「平民学科の彼に付き従っている精霊の事だけど」

「・・・こっちも今まで見た事の無い精霊だった」


 ディアナの説明によると大雑把な印象は人間の若い女性。長身。緩やかにウエーブを描いた長い金髪。体からは大小十六対の白い翼が生えている。腕は四本。瞳の色は赤色。


「こっちはこっちで化け物みたいなんですよ」

「化け物じゃない。スゴい美人」


 思わずこぼれたクラリッサの感想をディアナがすかさず否定した。


「でもその姿だと流石にこの世の生物とは思えないよね。強いて上げるなら天使? とか」


 この世界でも、神に仕える天使は人型で白い翼を生やした姿と想像されていた。

 仮に本当に天使が存在するのなら、ディアナの言ったような姿をしているのかもしれない。


 ディアナは少し不安そうに曾祖母を見つめた。

 今度もまた否定されるのではないかと心配したのだ。

 しかし老婆は目を閉じて考え込むだけで何も言わなかった。


「ひょっとして寝ているんじゃ――」

「バルバラ、失礼だよ」


 無遠慮なバルバラをエッダが軽く肘で突いた。

 やがてディーアーナは顔を上げると、神妙な顔つきでひ孫に告げた。


「もし少年の背後にいたのがあなたの言った通りの精霊だったとしたら――」


 ゴクリ。

 誰かが緊張に喉を鳴らした。


「私はその精霊に心当たりがあります」


 しんと静まり返った部室に老婆の声だけが妙に響いた。


「私はその精霊を知っています。いえ、あなた達も知っているはずです」

「? ・・・それはどういう事なんですの?」


 ディーアーナはローゼマリーに振り返った。


「言葉の通りです。この国に生まれ住む者なら誰でも知っている最も有名な精霊。そう言えば分かりますか?」

「まさか!」


 少女達は驚いて互いに顔を見合わせた。

 ディーアーナの言う精霊。全員がその存在に心当たりがあったからだ。

 しかしそんな事があり得るのだろうか?


 仮にそうだとしても、なぜそんな尊き存在(・・・・)がいち平民の少年に付き従っているというのだろうか?


「・・・王家の、精霊」


 震えるローゼマリーの声に老婆はゆっくりと頷いた。


「王家の精霊。またの名を”運命の精霊”。ディアナの言う特徴はかの精霊以外にあり得ません」




 誰もが驚きに目を見張っていた。

 聞きたい事、尋ねたい事、疑問は山ほどあるにもかかわらず、混乱した彼女達の頭はそれを上手く言葉にする事が出来なかった。


「あなた達、王家の精霊の由来は知っていますか?」

「・・・初代国王陛下が契約された精霊と伺っていますわ」

「そうです。それ以外には?」


 無言で視線を交わす少女達。

 この国の者なら誰でも知っている有名な精霊でありながら、誰もその由来を詳しく知らなかったのだ。


「そうね。それはまだ国王陛下が国王陛下になられる前。このリンプトハルトがまだ王国ではなくただの地方名でしかなかったころの話。のちの国王陛下はある時不思議な霧の世界に迷われました」


 ディーアーナは記憶をたどりながら話はじめた。


「かの地で国王陛下は一人の女性に出会ったのです。彼女は長い金色の髪に赤い瞳、腕は二対、体には十六対の白い翼が生えていました」

「さっきディアナの言っていた精霊そのままなのですよ?!」


 驚くクラリッサにディーアーナは目を細めて微笑んだ。


「女性は言いました。『私は運命を司る者。定命の者よ。ここはお前がいるべき世界ではありません』。国王陛下は、自分は迷い込んだだけでむしろ元居た場所に帰りたいのだ、と正直に女性に告げました。女性は陛下を気の毒に思い、元の世界に戻る方法を探す手伝いを約束してくれたのです。二人の旅は何年にも渡り、やがて互いに強く惹かれ合うようになっていきました」


 初めて聞く初代国王の逸話に少女達は戸惑いを隠せなかった。

 神格化された初代国王は完全な人格者として語られるのが常で、そんな彼が旅先で異形の女性と恋に落ちる姿が想像出来なかったのだ。


「数年後。二人はリンプトハルトに戻る方法を見つけました。しかしその時には既に二人は別れ難くなっていたのです。

 女性は自分の生まれ育った国を捨て、陛下と共にリンプトハルトに来る道を選びました。

 彼女は陛下に言いました『世界を渡ればきっと私の姿はあなたには見えなくなり、こうして触れ会う事も出来なくなくなるでしょう。でも私はずっとあなたのそばにいます』。

 こうして陛下は無事にこの国に戻られました。女性の言葉通り彼女の姿は陛下が国に戻った途端に煙のようにかき消えてしまいました。そして驚くべきことにあちらで何年も旅していたにもかかわらず、この国では一日も過ぎていなかったのです。

 陛下は女性の献身的な働きに深く感謝すると共に彼女を自分の伴侶と決められました。

 それからの陛下はやる事なす事全てが上手く行き、数年後にはこのリンプトハルト王国建国の偉業を成し遂げるに至ったのです。

 その後陛下は何人もの妃を娶りましたが、王妃の位だけは決して誰にも与える事はありませんでした」


 ローゼマリーは自分の言葉を噛みしめるようにして呟いた。


「きっと陛下は王妃はその女性と決めていらしたのですわ」


 ディーアーナは嬉しそうに頷いた。

次回「うってつけの人材」

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