その5 お見舞い
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ここは王都の病院。
基本的にこの世界の医療は、医者が患者の所に往診や訪問診療に赴くものであって、病人が医者の所に来るものではない。
なので病院を構えているこの医者はかなりの変わり種といえる。
その病院の一室にアルトは運び込まれていた。
「今日でもう三日間意識不明です」
アルトを囲むように立っているのは数名の大人とまだ幼い少女。
この病院の医者とアルトの家族である。
アルトの家族は今朝、この王都に着いたばかりであった。
彼らは急いで宿屋を取るとその足で学園に向かい、そこでこの病院を教えられたのだ。
心配そうな両親、それとアルトの二つ下の妹。
三人はピクリとも動かないアルトを見下ろしていた。
「失礼ですが王都に家はお持ちでしょうか? あるのであれば患者をそちらに移してもよろしいですが」
「すみません。いつも私が利用する宿に泊まっています」
「あの、息子を引き取らないとマズイのでしょうか」
「あいえ、メッテルニヒ家から治療費は頂いていますので、こちらでお預かりしたままでも結構ですよ。そちらにあてがあるならそうした方が良いかと思って伺ったまでで」
動揺している両親はメッテルニヒ家があのメッテルニヒ伯爵家という事に気が付かなかった。
二人は息子が病院を追い出されずに済んだ事に、ひとまずホッと胸をなでおろした。
あの日、アルトは突然胸の痛みに倒れた。
最初は学園の保健室で様子を見ていたが、夜になっても意識を取り戻さなかったため、ローゼマリーの指示でこの病院に移されたのだ。
実はこの病院は王都の民に対する慈善事業の一環として、メッテルニヒ伯爵家が後援者になっていた。
もちろんただの慈善活動であるわけはなく、そこには貴族間のあれやこれやの思惑が絡んでいる。
もっとも、そんな事情には何の関わりも無い王都の民にとっては、医者は医者に過ぎず、この病院の評判はすこぶる良好であった。
コンコンコン。
軽やかなノックの音がしてドアが開かれた。
立っていたのは細身の麗人。ローゼマリーの執事のゼルマだった。
彼女は主人の命令でこうして定期的にアルトの様子を見に来ていたのだ。
ゼルマはアルトの病室に人が集まっているのを見て訝しげに目を細めた。
「おおっ。これはゼルマ様。アルト君のご両親。こちらはメッテルニヒ家の執事のゼルマ様ですよ」
「そうですか! この度は息子がお世話になりました!」
「本当にありがとうございます!」
急にアルトの両親に縋り付かれてゼルマは困った顔で立ち尽くした。
彼女はチラリとベッドのアルトを見た。そして容態に変化がないのを確認すると、医者の方に振り返った。
「病室で騒ぐのは患者に良くないのでは?」
「そ、そうですね。ご両親、続きはあちらの部屋で。ゼルマ様も一緒に来て頂けませんか?」
ゼルマは「分かりました」と答えると廊下に出た。
ぞろぞろと彼女の後に続く大人達。
アルトの妹メリダは、最後にもう一度ベッドの兄に振り返ると両親の後を追った。
こうして病室にはアルトだけが残った。
病院の前で少女は今日何度目かになるため息をこぼした。
分厚い眼鏡の小柄な少女だ。
学園の外に外出するとあって、流石に今日はいつものボサボサ髪にも櫛が入っている。
「ねえ。本当に行かないとダメかな」
そんな少女を呆れ顔で振り返る地味な少女。
「何を言ってるの? エバがずっと気にしていたからここまで来たんじゃない」
二人はエバ・ヤンセンと彼女の同室のメルヒ。
アルトが入院してから既に三日。
その間エバはずっと授業も上の空で睡眠も浅い様子だった。食もいつもより細くなっていた。
そんな彼女の様子を心配したメルヒが、渋る彼女を引っ張るようにしてこの病院まで連れて来たのだ。
「それにどんな顔をして会えばいいか分からないし」
「親が決めた事とはいえ婚約者なんでしょう? 彼が心配なんじゃないの?」
心配かどうかと言われれば・・・どうなのだろうか?
気になるのは確かだ。
マイナスの方向とはいえ、この一年、アルトの存在が常に彼女の行動原理になっていたのは確かだからだ。
そんな相手が意識不明の重体なのだ。気になって当然だろう。
「けどそれが心配かどうかは・・・」
「もうっ! エバは頭が良いからそうやって考え過ぎるんだよ。こういう時は考えるより先ずは行動するべきじゃないかな」
こうしてエバはメルヒに手を引かれて病院の入り口をくぐるのだった。
受付で話を聞くと、丁度アルトの両親が来た所だという。
エバはホッと胸をなでおろした。
「じゃあ私はここで待っているから」
「うん。直ぐに戻るからしばらく待っていて」
エバはメルヒと別れると受付で教わったアルトの病室に向かった。
アルトの両親とは面識もあるし、彼の妹のメリダとは親しく話をする間柄だ。
一人でアルトと面会するよりも随分と心強い。
彼女はさっきまでとは打って変わって軽くなった足取りで病院の廊下を歩いた。
「ここね」
コンコンコン。
「失礼します。エバ・ヤンセンで・・・す?」
彼女の予想と異なり、病室の中にはアルトの家族はいなかった。
というよりも見舞客どころか医者すらいなかった。
ガランとした病室にはポツンと一床だけベッドが置かれ、そこには一人の少年がまるで死人のような青白い顔で横になっていた。
本当に死んでないのだろうか? さっきから呼吸をしている様子もない。
じっと見ていると胸の辺りが薄く上下している気がするだけだ。
そしてそれだけ。僅かな呼吸音すら聞こえない。
ずっとこんな状態だったんだ。
いつもの生意気な彼からは想像も出来ない痛ましい姿に、エバは押しつぶされそうな息苦しさを感じた。
「あの・・・ご両親はどこにいるのかしら?」
エバはこんな時にマヌケな事しか言えない自分が嫌になった。
いくら動揺していたとはいえ今のは無い。
そして当然のようにアルトからの返事は無かった。
「今日はお見舞いに来たの。メルヒに言われて・・・ねえ? 本当に死んでないわよね?」
エバは心の中の不安に駆り立てられ、恐る恐るアルトに近付いた。
あれほど憎らしかった顔が目の前にある。
しかし今のアルトの顔からは表情が抜け落ち、生気というものをまるで感じさせなかった。
エバは衝動的に手を伸ばすと、そっと彼の額に触れた。
渇いた肌の感触がするだけで何の熱も感じなかった。
「ねえ、大丈夫? 一体何があったの?」
自分はバカなことを聞いている。彼は意識不明なのだ。返事をする訳がないじゃないか。
しかしエバは黙っている事が出来なかった。
不安のあまり何か喋っていないと気が変になりそうだったのだ。
「何か言ってよ。こんなの全然あなたらしくないじゃない。あなたは出会った時からムカつくヤツで、いつも私に憎まれ口をたたいて、ちっとも優しくなくて、友達同士で廊下で馬鹿みたいに騒いで・・・」
彼女の言葉は彼に届いているのだろうか?
届いているとは思えない。
しかしエバの言葉は止まらなかった。
結局この日、アルトが目を覚ます事は無かった。
そしてエバはその日から、毎日放課後に彼の見舞いに来るようになるのだった。
次回「アスペルマイヤーの大魔女」




