その3 ディアナの決意
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ローゼマリーの破滅の引き金を引く原因となる少女テレサ・テーゼ。
彼女が明確にローゼマリーと敵対する事になるのはこれから三年後。彼女がラウテンバッハ公爵令嬢である事が周囲に明かされてからの事となる。
その時点で既にテレサはアーサー王子の心を掴んでいた。
王家に対して腰の引ける令嬢達。ローゼマリーは孤軍奮闘を余儀なくされる。
そして彼女は敗れた。
その結果があの卒業パーティーの夜へと繋がるのだ。
しかし、この歴史ではローゼマリーの周りには”悪役令嬢対策倶楽部”の仲間達がいる。
本来の歴史であれば一年生で留年し、学年が変わった事でローゼマリーと接点を持たなかったクラリッサ・シェーラー。
本来の歴史であれば人間関係に無関心を貫き、授業にすらろくに出なくなっていたディアナ・アスペルマイヤー。
本来の歴史であれば剣を振り回す事にしか関心を示さなかったバルバラ・ルーデン。
本来の歴史であれば一年生の時点で学園を去り、国外に身を潜める事になったエッダ・バカンス。
そしてそんな少女達のまとめ役でもあり、彼女達の本来の運命を大きく変えた少年、アルト・ワルドマン。
怨敵テレサの編入。
彼女に面会に向かった悪役令嬢対策倶楽部だったが、その目的を果たす事は出来なかった。
アルトは激痛に胸を押さえて倒れ、何かを見たディアナは錯乱し、彼女の指示を受けたバルバラは剣を手にテレサを連れ去った。
ローゼマリーは突然の出来事に戸惑い、混乱し、その場に立ち尽くしていた。
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あれから二日が過ぎた。
平民相手とはいえ魔法学園の学生に対して剣を向けたバルバラと、ヒステリックに彼女に指示を出し続けていたディアナは、自室で謹慎処分を受けていた。
コンコン。
ディアナの自室にノックの音が響いた。
部屋の奥、ベッドのシーツがもぞりと動くとくぐもった声をこぼした。
「・・・ほっといて」
「ディアナ。アタシなんですよ」
シーツから肉付きの良い白い脚が伸びると、寝間着に包まれた体がズルリと這い出した。
ずっと寝ていたのだろう。青色の長い髪はまるで爆発したみたいにボサボサだ。
ディアナは身だしなみを整えもせずにそのままドアの鍵を開けた。
「授業中だと思うけど」
「・・・サボったのですよ。ローゼマリーが部室で待っているのです。バルバラはエッダが呼びに行っているのです。みんなディアナの話を聞きたがっているのですよ」
ディアナはいつもは眠そうな目を大きく見開いた。
「でも僕は謹慎中」と言おうとして、だからこそ彼女達が学園内に人目のない授業中を選んだと気が付いたのだ。
授業をサボるという罪悪感のせいだろう。今日のクラリッサはどこか落ち着きがない。
今もそわそわとひと気のない寮内を見回している。
ディアナは先ずは今一番気になっている事をクラリッサに尋ねた。
「アルトはどうなった?」
「・・・あれから変わりはないのです。王都の病院に運び込まれたと聞いているのですよ。多分今日あたりに家族が見舞いに来ると思うんですよ」
バルバラがテレサをあの場から連れ去ると、アルトは電池が切れたように倒れ、意識を失った。
最初は学園の医務室に運ばれたが、夜になっても意識を取り戻さなかったので、その日のうちに王都の病院に移されたのだ。
外傷もない上、魔法の治療でも効果が無かったため、今は容態の推移を見守っている状況なのだという。
クラリッサの言葉にディアナは難しい顔になった。
「ディアナ――」
「分かった。部室に行こう」
「・・・その前に身だしなみを整えるんですよ」
爆発頭で寝間着のまま部屋を出ようとしたディアナに呆れるクラリッサだった。
部室には悪役令嬢対策倶楽部のメンバーが集まっていた。
ただいつもと違うのはそこに少女達しかいない――アルトがいない事だった。
重苦しい空気を嫌ったのだろう。エッダが軽口を叩いた。
「バルバラの部屋にはビックリしたよ。トレーニング器具だらけなんだもん。ウチが訪ねて行った時も変な恰好で何とかトレーニングをしている最中だったし」
「あれは体幹トレーニングだ。体のコアを鍛える重要なトレーニング方法だとアルトに教わったんだ」
バルバラの口からアルトの名前が出た途端、少女達の間にピリリと緊張が走った。
「アルトはずっとあのままなのかい?」
「・・・ゼルマから何の連絡も入っていないので恐らくは」
ローゼマリーの執事のゼルマは今も病院でアルトに付き添っている。
彼の容態に何か変化があれば、大至急ローゼマリーに連絡が届く事になっていた。
ローゼマリーは神妙な顔つきで黙っているディアナへと視線を向けた。
あの時ディアナは真っ先にテレサの排除を訴えた。
バルバラは彼女の指示に従って行動したのだ。
あの必死の形相から見て彼女は何かを知っている。
あるいは何かに気が付いた。
それが何かは分からない。しかしあの後、彼女は頑なに周囲からの追及を拒んだ。
決して他人には言えない秘密があるのだろう。
いつものローゼマリーなら相手の気持ちを推し量って、ここで黙り込んでいただろう。
彼女は死んだように眠るアルトの姿を思い出すと胸が張り裂けそうに傷んだ。
彼を助けるために私は知らなくてはいけない。
たとえそれがせっかく出来た友人を失う事になったとしても。
ローゼマリーは覚悟を決めて口を開いた。
「ディアナ・・・話して下さいまし。どうしてあの時あなたはテレサ・テーゼをアルトから遠ざけようとしたんですの? そしてあなたは言いましたわよね。彼女の事を”その化け物”と。あなたは彼女の一体何を知っているんですの?」
ローゼマリーの言葉にディアナはビクリと身をすくませた。
「ディアナ・・・言えないのなら言えないと言えばいいんですよ?」
「ダメですわ。絶対に言って頂きます」
「! ローゼマリー」
ローゼマリーのいつにない険しい表情にクラリッサは驚いて目を見張った。
彼女は助けを求めるように仲間達に振り返ったが、エッダは彼女と目を合わさないように伏せ、バルバラは黙って腕を組んでいた。
どうやらみんな、何かを知っていて口を閉ざすディアナに納得していない様子だ。
クラリッサは振り返ると、あたふたと二人の間に割って入った。
「ろ、ローゼマリーも落ち着くのです。そんな風に問い詰めたらディアナが可哀想なのですよ」
しかしローゼマリーは一歩も引くつもりはないようだ。
仲の良い友人達の険悪な雰囲気に、ボッチでコミュニケーション能力の低いクラリッサはどうすれば良いか分からずに泣きそうな顔になった。
「覚悟は決めて来た」
「・・・なら話して下さいまし」
「ローゼマリー!」
涙腺が決壊寸前のクラリッサ。
ディアナは片手を上げると、そっとクラリッサの肩に置いた。
「ありがとうクラリッサ。大丈夫。みんなにも聞いて欲しい。長い話になる」
「ディアナ・・・ 本当にいいんですよ?」
ディアナがコクリと頷くと、エッダとバルバラも伏せていた目を開いた。
「話してくれるんだね? 分かった。実はウチもあれからずっと気になっていたんだ」
「私は私の行動がアルトのためになるなら別に理由は知らなくてもいい。・・・でも私だけ仲間外れはイヤだな」
バルバラの言葉に立ち込めていた重い空気が少しだけ和らいだ。
「ではお願いしますわ」
「先ずみんなには謝らないといけない。僕はみんなにずっと隠していた事がある」
ディアナがそう切り出したところから話は始まった。
「みんなは僕の大お婆様の事を知っている?」
「『アスペルマイヤーの大魔女』と呼ばれていた方ですわよね。大変強力な魔法を使われた方だと伺っていますわ」
「帝国との戦争で武勲を上げていくつもの勲章を頂いたと聞いているぞ」
「なんでも『精霊の見える目』を持っていたとか。まあこれはあくまで噂話に過ぎないけどね」
「そんな凄い魔法使いだったんですよ?!」
どうやらクラリッサだけはあまり知らなかったようだ。
みんなから聞かされるディアナの曾祖母の話に、一人だけ眼を白黒させている。
「そう。大お婆様は精霊を見る事が出来た」
「そんな! あれはおとぎ話じゃ?!」
ディアナは小さくかぶりを振った。
彼女の頭の動きに合わせて豊かな胸元がプルリと揺れた。
ここにアルトがいれば、今の光景にさぞ冒険心をときめかせたことだろう。
エッダははたと気が付いた。
「まさかディアナのお婆様が強力な魔法を使えたのって――」
「そう。精霊が見えたから」
ディアナの説明によると、精霊にとって人間の頼みに応じて魔法を使うのは一種の娯楽のようなものらしい。
もちろん代価として貴力は頂くが、本質的には自分達の魔法で人間が感謝したり喜んでくれるのが嬉しいそうだ。
そんな精霊達にとって、自分達の姿を見る事の出来るディアナの曾祖母は、己の承認欲求を十全に満たしてくれる格好の人材であった。
そのため昔からディアナの曾祖母の周りには大小様々な精霊が集まり、彼女からの指示が来るのを今か今かと待ち構えていたという。
「精霊にそんな秘密があったんですわね」
「信じられない・・・ あ、いや、ディアナの話を疑っている訳じゃないんだ。ただあまりにもビックリしちゃって」
「私も一度、精霊を見てみたいものだ」
驚いて顔を見合わせるローゼマリー達。
それ程ディアナの話は彼女達の常識を覆すものだったのだ。
そんな中、クラリッサだけは目を丸くしてディアナを見つめていた。
「大お婆様に精霊が見えるのなら、ひょっとしてひ孫のディアナにも見えるんですよ?」
「「「えっ?!」」」
あまりに突飛なクラリッサの発想に、ローゼマリー達は驚いてディアナに振り返った。
「そう。僕も大お婆様と同じ『精霊の見える目』を持っている」
「「「「ええ~~~~~~っ!!!」」」」
部室に少女達の絶叫が響いた。
次回「謎の化け物」




