その2 破局の序章
五年後に訪れるローゼマリー会長の破滅。その引き金を引く女子生徒がついに学園に編入して来た。
彼女の名はテレサ・テーゼ。
今は俺達平民学科に通う編入生だが、いずれは公爵家の令嬢である事が判明するらしい。
俺達、悪役令嬢対策倶楽部は対策を話し合い、一度本人に直接会うと決めた。
会長は怯えていたようだが、会長の記憶が確かなら彼女の破滅は五年後に訪れる。
今はまだ相手は会長の事を知らない。だから敵対もしていない。はずだ。
いずれ敵対する事になるが、その前に本人と話をして何かしらの情報を引き出す。
それが俺達の狙いだ。
ローゼマリー会長は部室に入るなり俺達に告げた。
「ゼルマが相手のお返事を頂いて参りました。本日五時。場所は図書館棟の前ですわ」
会長は執事のゼルマに、編入生への伝言を頼んでいた。
隣のクラスなんだから俺が行ければ良いのだが、野次馬が多すぎてクラスにたどり着くのも一苦労なのだ。
その点、ゼルマなら何の問題もない。伯爵家の執事を遮れる平民なんていやしないからだ。
悠々と人混みを割って本人に伝言を告げる事が出来たのだろう。
「編入生がラウテンバッハ公爵令嬢になった後ならこうはいかなかっただろうね」
会長の緊張をほぐすためだろうか。
黒髪前髪パッツン美少女エッダが軽口を叩いた。
確かに公爵家の令嬢ともなれば取り巻きも増えるだろうし、気軽に呼び出す事など出来ないのかもしれない。
そもそも相手は会長の伯爵家のより格上の公爵家になるのだ。
目下の者が目上の者を呼び出すなど、この封建社会では言語道断とも言えるだろう。
エッダの言葉に会長は少しだけ笑みを浮かべた。
アイドル系美少女クラリッサが「阿呆の子じゃないんですよ!」、いや、今日は言ってないし、クラリッサが会長を元気づけた。
「大丈夫なのです! もし相手が何かして来たらアルトが何とかするのですよ!」
俺かよ! まあ女子生徒一人くらいなら俺でも何とかなるかな。
ディアナみたいに魔法とか使われたら流石にお手上げだが。
「それなら僕がいる」
青色ゆるふわ髪のディアナが大きな胸をポヨンと叩いた。
ごっつぁんです。
「ならば私はアルトを守るとしよう」
銀髪の麗人バルバラが剣吊りに挿した剣を叩いた。
「いやいや、そこは素直に会長を守ろうぜ」
会長を守る俺をバルバラが守るってややこし過ぎるだろうが。
いつもの俺達の会話に会長の緊張もほぐれて来たのだろう。
会長は少しだけ元気を出して俺達に宣言した。
「では悪役令嬢対策倶楽部、出発ですわ!」
図書館棟は厳密に言えば貴族学科の敷地内にあるのだが、例外的に俺達平民学科の生徒も利用可能な施設である。
実は俺も時々利用させて貰っている。
中身が日本人の俺の感覚では、図書館と呼ぶにはおこがましい程度のショボい蔵書量なのだが、この国では最近まで紙が貴重品だったので仕方が無い。
今では俺達がノートとして使えるくらいに普及しているので、そのうちこの建物に収まらないくらい本が増えるんじゃないだろうか。
俺達は図書館棟を目指しながら最後の打ち合わせをした。
「といっても、基本は行き当たりばったりになるしかないんだけどね」
「情報不足」
エッダの意見は最もだ。
この中で編入生について知っているのはローゼマリー会長だけ。
そして会長も実は編入生についてそれほど情報を持っていなかったのだ。
「ごめんなさい。私がもっとテレサさんに詳しければ良かったんだけど・・・」
割と初期から編入生と敵対していたローゼマリー会長は、彼女の事を良く知らないそうだ。
特に編入生が王子の心を掴んでからは、王子の側近が会長から彼女を遠ざけていたらしい。
「あの時の私はその事に気付きすらしなかったのですわ」
ローゼマリー会長はため息をこぼした。
落ち込む会長にクラリッサが慌ててフォローを入れた。
「大丈夫なのです! 今は私達がいるのですよ!」
「アーサー王子の側近・・・ 確か騎士ダレオだったっけ? ふむ。少し調べておこう」
そしてエッダは何気に参謀みたいなことを言ってるんだな。
お前、調べておこうって、何か伝手でもあるのかよ?
エッダはいつものイタズラ好きな表情を浮かべた。
「アルトにはヒミツ。そっちの方が面白いからね」
「何だそりゃ。俺は隠されても全然面白くないんだが」
エッダは「だから面白いんだよ」とケラケラと笑った。
こうなったエッダは俺達の手には負えない。俺は不貞腐れると彼女から顔を反らした。
「あ、ゴメンゴメン。また今度一緒に寝てあげるから」
「ちょっ! お前何を言い出すんだよ!」
「い、一緒に寝たってどういう事なんですよ! この平民アルト!」
エッダの発言に眼を白黒させるメンバー達。
耳年増なクラリッサは、ゆで上がったように顔を真っ赤にしている。
てか一緒に寝たって、あれか。エッダが寮の俺の部屋に転がり込んだ時の事か。
お前なんつー爆弾を落としてくれてんだ。
彼女の表情からバルバラ達はいつものエッダのからかいだと思ったようだ。
そうそう、エッダは俺をからかっただけなんだよ。だからこの話はここまでにしようぜ。なっ?
「なんだか怪しいのです!」
まだ一人だけやたらと疑っているヤツがいるが、他のメンバーは既に別の事に注意を奪われていた。
「もう来ていますわね。あの方がテレサ・テーゼですわ」
そう。俺達は図書館棟の前まで到着していたのだ。
入り口の横にポツンと一人で立っているのは平民学科の制服を着た女生徒。
幼い顔立ちをした少し地味な少女だった。
「あれがテレサ? アーサー王子が心を奪われたって聞いてたから、すごい美人を想像していたんだけど――」
俺はエッダの言葉を最後まで聞く事が出来なかった。
「う・・・ああああああああああああああっ!!」
「ア、アルト! どうしたんですの?!」
「何があったんですよ?!」
会長達の声も耳に入らない。
俺の胸をかつてないほどの激痛が走り抜けたのだ。
「ぐあああああああああああっ!!」
俺は胸を押さえてうずくまった。
呼吸の度に肺は痛み、頭の奥が耐えがたく痛んだ。心臓は早鐘を打ち、手足には万力で挟まれたような激しい痛みが走った。
一言で言えば「死んだ方がマシ」という痛みが俺の全身を襲ったのだ。
痛い! 痛い! 痛い!
この感覚。まるで心臓を誰かに背中から鷲掴みにされているような。
おぞましい力が俺を内側から破裂させようとしているような。
そんな痛みと恐怖が俺の体と精神を激しく揺さぶった。
ダメだ! このままだと俺は死ぬ!
死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死――
目の前に火花がチカチカと瞬き、視界が真っ赤に染まった。
もう立っているのか横になっているのかも分からない。
身動きも取れない激痛の中、俺は自分の背後にこの世ならざる存在の吐息を感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「アルト! アルト! しっかりするのですよ!」
突然胸を押さえてうずくまったアルト。
クラリッサが痛みに絶叫する彼に縋り付き、懸命に呼びかけている。
他の少女達は突然の出来事に射すくめられたように動けない。
アルトの絶叫とクラリッサの声だけが辺りに響いていた。
この騒ぎに図書館棟からも何事かと生徒達が顔を出した。
編入生テレサも驚いて彼女達に駆け寄った。
「そちらの方はどうされたのですか?!」
その時、一人青白い顔でショックを受けていたディアナがギョッとして叫んだ。
「その化け物をアルトに近付けたらダメ! 誰かアルトから引き離して! 早く!」
彼女の叫びに反応したのはバルバラだった。
彼女は腰の剣を抜くと迷いなく切っ先をテレサに突き付けた。
「離れろ! この場から去れ!」
「あの・・・私は・・・」
「いいから離れろ!」
バルバラは剣を縦横に振るった。
彼女の剣幕にテレサは悲鳴を上げて尻餅をついた。
「それじゃダメ! 少しでもアルトから離して! 急いで!」
「こっちに来い!」
バルバラは腰を抜かしたテレサの腕を掴むと強引に引っ張った。
「何があったんですか?!」
この時ようやく図書館棟から教師が出て来た。
彼女が見たのは剣を抜いてテレサを引っ立てていくバルバラと、ヒステリックに彼女の排除を訴えるディアナ。そして胸を押さえてうずくまるアルトとそんなアルトに懸命に呼びかけるクラリッサ。
ローゼマリーとエッダは事態に付いて行けずに呆然と立ち尽くしていた。
「何があったか聞いているんです!」
再び教師が叫んだ。
次回「ディアナの決意」




