その1 編入生テレサ・テーゼ
季節は春。
日本だと学校の入学式や新社会人の入社式がニュースを飾る季節だが、ここは異世界。
このメッテルニヒ魔法学園では新入生は夏休み明けに入学するシステムになっている。
だがどこにでも例外というものはある。
この春から新たに学園に入って来る新入生がいるのだ。
いや、学期の途中からなので編入生になるのか。
実は俺達、悪役令嬢対策倶楽部の部員達は、半年以上前からローゼマリー会長にその編入生の存在を聞かされていた。
とはいえ流石に俺も半信半疑だった。どうしても「本当なのか?」という疑いを最後まで捨てきれずにいたのだ。
しかし、実際に入学した事で会長の話が事実であると確定した。
編入生の名前はテレサ・テーゼ。
いずれローゼマリー会長の破滅の引き金を引く事になる少女だ。
「遂にこの日が来てしまいましたわ・・・」
ゴージャスな金髪を縦ロールにした美少女、ローゼマリー会長が緊張の面持ちで呟いた。
ここはいつもの部室棟。悪役令嬢対策倶楽部の部活動の最中だ。
残念系阿呆の子クラリッサが「残念でも阿呆の子でもないのですよ!」クラリッサが俺に尋ねて来た。
「アルトはその編入生について何か聞いていないんですよ?」
「結構話題にはなってるけど、隣のクラスのヤツだからなあ」
学園でも前例のない編入生という事で、俺達平民学科の間ではテレサはかなりの噂になっている。
俺達一年生から最上級生である五年生まで、休み時間になると多くの野次馬が話題の編入生をひと目見ようと教室の外に集まっていた。
実際俺もダミアンに連れられて見に行ったが、野次馬の壁に阻まれて教室に近付く事すら出来なかったくらいだ。
黒髪パッツン前髪の美少女エッダはどうにも納得出来ない様子だ。
「平民学科に入っているし、今は平民なのは間違いないんだよね? そんな子があのラウテンバッハ公爵家の令嬢なんてあり得るのかな?」
公爵家というのは貴族でも偉い部類に入るようだ。
きっとエッダの実家の男爵家よりも爵位が上なんだろう。
などと考えていたら、俺はエッダに苦笑されてしまった。
「何を考えているか知らないけど、公爵家は五爵の第一位だからね。格で言えばローゼマリーのメッテルニヒ伯爵家よりも上だから」
マジか?!
数々のお嬢様発言で俺の度肝を抜いてくれたローゼマリー会長よりもお嬢様だっていうのか?
「何者だよその編入生?!」
「だから今、みんなでその話をしているんじゃないか」
脳筋系美少女バルバラにまで呆れられて、俺の顔は羞恥で真っ赤になった。
まさか俺の頭はバルバラ以下、クラリッサ以上なのか?
「なんでアタシが一番下みたいになっているんですよ?!」
「いやだってクラリッサじゃん」
「こ・・・この平民アルト!」
海の水はしょっぱい。太陽は東から昇って西に沈む。それと同じくらいにクラリッサは阿呆の子。そこは譲れない。
「その何とか公爵家ってのはどういった家柄なんだ?」
「公爵は王家に連なる家系なのですわ」
俺の疑問にローゼマリー会長が答えてくれた。
何でもラウテンバッハ公爵家はこの国で最初の公爵家で、初代は王様の息子だったんだそうだ。
彼が当時併呑したばかりの国に領主として赴任した際、父親である国王から特別に送られた爵位が公爵だったのだという。
つまりは「他所の土地の領主になったお前を国王には出来ないけど、特別な爵位にしてあげるからそれで我慢してね」といった意味なのだろう。
ちなみに伯爵以下は明確に臣下としての家系となる。
とはいえ、王族から降下して伯爵家に嫁に入った王女もいたそうなので、伯爵家ともなれば何代か遡れば大抵王家の血が入っているんだそうだ。
「最近でも王子が養子に入った伯爵家がなかったっけ?」
「アッカーマン家ですわね。七十年程前でしたか」
七十年が最近なのか?! いやまあ七十年ならまだ本人が存命の可能性だってあるのか。
そういう意味でなら最近と言ってもいい、のか?
「七十年が最近なのです?」
「俺はお前のそういう所が大好きだ」
「なっ! いきなり何を言い出すんですよ!」
真っ赤になって怒るクラリッサ。
いや、お前のそういう貴族の令嬢らしからぬ感覚に、この倶楽部唯一のド平民の俺はすごくシンパシーを感じているんだぞ。
「でもラウテンバッハ公爵家は先代の不始末で今は断絶に近い状態にあると伺っていますわ」
「謀反を企んだらしい」
「ディアナ! そうと決まったわけではありませんわ!」
青色ゆるふわヘアーのディアナがいつもの眠そうな目でポツリと言った。
会長は言葉を濁したが、世情に疎いディアナが知っているくらいだ。
どうやらその何とか公爵家が国家反逆罪を疑われたのは、この国では誰でも知っている有名な事件のようだ。
「公爵家だから捜査の手が伸びなかっただけ」
「それは・・・ 憶測ですわ」
珍しくディアナが雄弁だ。
「カルツカーマンの手引きをしたという噂だからね」
「帝国か・・・ あそこはこの国を狙っているからな」
エッダの言葉にバルバラが難しい顔で腕を組んだ。
カルツカーマン帝国はこのリンプトハルト王国に隣接する国で、現在は休戦中だが、過去には何度も大きな戦火を交えた事があるそうだ。
魔法学園まであるこの国とは違い、魔法をあやふやで不確かな技術と考えて徹底的に否定する風潮があるそうだ。
なるほどディアナがいつになく辛辣になるわけだ。
それにしても俺の中身が日本人のせいだろうか。帝国と聞くだけで何となく軍事独裁国家をイメージしてしまうな。
「アルトの考えで大体正しいと思うぞ。あそこは隙あらば他国に対して侵略を企てる悪辣な国だからな」
「マジか・・・ そんな国が隣にあるのかよ」
「授業で習っているんですよ」
クラリッサはそう言うが、流石に授業では「隙あらば他国に侵略する悪辣な国」なんて習わなかったぞ。
この世界の教育はかなりアレだが、流石にそこまでロックな授業じゃないからな。
「過去に帝国と繋がりのあったと噂されるラウテンバッハ公爵家。そして今は平民で、後にラウテンバッハ公爵令嬢となる編入生・・・か。どうにもきな臭い匂いがするね」
「帝国が背後で糸を引いているって言いたいのか?」
俺の言葉にエッダは大人びた仕草で肩をすくめた。
何でも彼女の教育係だった実家の家令のやり方を真似ているうちに癖になってしまったんだそうだ。
「これだけじゃなんとも。それに帝国が絡んでいるとなれば王家が黙っている訳が無い。ウチらが考えているような事はとっくに気付いていると思うよ」
なるほど、と感心する会長達。
だが、俺は会長達ほど素直じゃないせいだろうか? この国の王家を手放しに信用する事が出来なかった。
そもそも会長を裏切って破滅させるのはその王家の王子なのだ。
それに俺達と違って、彼らは会長の見た未来を知らない。
ひょっとしたら公爵家と編入生の繋がりにもまだ気が付いていないんじゃないだろうか?
俺が考え込んでしまったからだろう。ローゼマリー会長が不安そうに問いかけて来た。
「アルトはどうすればいいと思いますの?」
少女達の視線が俺に集中する。
どうする、か。
敵を知り己を知れば百戦殆うからず。確か孫子だったか。
会長はこの一年近く、毎日のように”悪役令嬢対策倶楽部”で己を知る努力を重ねて来た。
だったら次は敵の情報を知る必要があるだろう。
「先ずは相手と話をしてみるべきじゃないでしょうか?」
俺の提案に会長はビクリと身をすくませた。
やはり直接対面するのは恐ろしいのか。
会長は顔を伏せるとしばらく黙考した。
再び顔を上げた時、会長の顔には覚悟を決めた強い意志が感じられた。
「そう・・・かもしれません。確かにアルトの言う通りなのかもしれませんわ」
「心配いらないのです! ローゼマリーにはアタシ達がついているのですよ!」
「護衛なら任せてくれたまえ」
「そうそう。ウチらはみんな君の味方だよ」
「同意」
会長は感極まって真っ赤になった。
色白の会長は興奮が顔色に出やすいのだ。
「みなさん、どうもありがとうございますわ」
目を潤ませて嗚咽を堪えるローゼマリー会長。
んっ? 俺か? 当然会長の味方に決まっているだろ。言わせんなよ、はずかしい。
この時俺は気が付いていなかった。
というよりもそもそも俺は知らなかったのだ。
俺に背後霊のように取り憑いた謎の精霊がいる事を。
そしてその精霊がニヤリと笑みを浮かべていた事も。
俺に命の危機が迫っていた事も。
次回「破局の序章」




