その12 同室タッグ
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エッダは固唾をのんでアルトの背中を見守っていた。
「男の目をしているな。いいだろう。相手をしてやる」
「余裕だな。・・・相手をしてもらおうか」
用務員の大男はナイフを前に突き出して、半身の姿勢を取った。
緊張が高まる中、アルトはひとつ深呼吸をすると剣を鞘に納めた。
始まる!
アルトは剣を納めたまま低い姿勢で男に向かって走り出した。
これはバルバラの屋敷でメイド相手の戦いで見せたあの技だ。
予想外のアルトの行動に大男は一瞬戸惑いの表情を浮かべた。
その迷いが大男の対応を鈍らせた。
戦いにおいて受けに回るのは圧倒的に不利となる。
アルトは大きく伸びあがると、抜き打ちで袈裟懸けに切りかかろうとした。
しかしこれはフェイント。
アルトは再びしゃがみ込むと最後の一歩を詰めた。
下から上に、一瞬のうちに再び下に。人間は比較的左右の動きには対応出来るが、上下の動きは苦手とする。
アルトの計略はまんまと大男を捉えたかに見えた。
だが大男は咄嗟に前に出していたナイフを引き戻した。
それはある意味苦し紛れの防御だったのだが、この場面における唯一にして最適解となった。
丁度その時、アルトの体は抜き打ちのために伸びあがろうとしていた。
引き戻されたナイフの柄頭は、そんなアルトの頭頂部をカウンターで捉えたのだ。
あるいは大男の類まれな戦闘センスが可能にした攻撃だったのかもしれない。
大男の膂力で頭頂部を殴られたアルトは、勢いよく顎を地面に打ち付け、ピクリとも動かなくなってしまった。
「意表を突いた良い攻撃だった。足を持って行かれる所だったかもしれん」
大男のこめかみには冷や汗が浮かんでいた。
一見あっけなく決まったかのように見えるこの戦いが、実は紙一重の勝利であった事は男が一番良く理解していた。
「だがお前は俺の足を切り払う事を躊躇した。だから俺の防御が間に合った」
大男の言葉が正しいかどうかは分からない。
彼は日頃からこういうカッコイイ言葉を好んで使う傾向があったからである。
大男は地面に横たわるアルトから目を上げた。
彼の視線の先には、ショックのあまり声も無く立ち尽くすエッダの姿があった。
大男が一歩足を踏み出そうとしたその瞬間、彼の横から大きな雄叫びが上がった。
「おおおおおっ! アルト! いつまでも寝てんじゃねえぞ!」
それは飛ばされたアルトの剣を拾って走って来るダミアンだった。
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「おおおおおっ! アルト! いつまでも寝てんじゃねえぞ!」
ダミアンの声に俺はハッと顔を上げた。
俺の目の前でダミアンは大きく剣を振り上げると大男に叩きつけた。
ガギィン!
刃物がかち合う金属音が辺りに響いた。
ダミアンの登場は大男にとっても予想外だったらしい。
大男はダミアンのへっぴり腰の剣戟を、咄嗟にナイフで受けるのが精一杯だったようだ。
今しかねえ!
俺の頭にカッと血が上った。
よし! まだまだ動くじゃねえか俺の体!
「うおおおおおおっ!」
「なにっ?!」
突然立ち上がった俺が足に組み付いた事で、大男がバランスを崩した。
俺は引いていた足を大男の足の横まで大きく前に出した。
「ぐはっ!」
たまらず転倒する大男。
見たか! これがサッカー部仕込み? の両足タックルだ!
足を抱え込んで押しただけでは相手は倒れない。自分の足を前に出すのがコツなのだ!
「ダミアン!」
「おうよ!」
ダミアンは剣を投げ出すと大男のナイフを持った手を押さえた。
そのスキに俺は腹に巻き付けるように大男の片足を抱え込む。
見方によっては尻餅をついた大男が、俺の背後から片足で俺の胴体を締め付けているようにも見えるかもしれない。
だかこれこそが俺の必勝の体勢なのだ。
「くらえ俺の必殺技! 足つぼマッサージ攻撃!」
俺は抱え込んだ太い足のふくらはぎの内側、筋肉と脛の骨の間を肘で圧迫した。
「ギャアアアアアッ!」
人間の体には押されると痛いツボがいくつも存在する。
誰でも肘の内側を打ち付けて、痺れるような痛みを味わった事があるだろう。
なければ是非一度試してみて貰いたい。悶絶間違いなしの痛みがあなたを襲うに違いない。
かつて俺が入っていたサッカー部で、こういったツボ押しの悪ふざけが流行った事があった。
俺のツボ押しテクニックは中々のもので、多くの部員を悶絶させたものだ。
やがて俺が近付いただけでみんな逃げるようになってしまったので、この技は封印される事になった。
久しぶりにその封印を解いたわけだが、どうやら俺の技はまだまださび付いてはいなかったようだ。
こんな遊びのような攻撃が、プロの仕事人である大男に通じるわけがないだろうって?
いやいや、その言葉は一度食らってみてから言って欲しい。
耐えられる痛みじゃないんだってホント。
そもそもこの世界には銃刀法が存在しない。
だから部活でサッカーをやるような感覚でみんな剣を振り回している。
俗に「剣道三倍段」という。
これは剣道に対して、空手や柔道などの素手の武道が戦いを挑む場合、段位で言えば三倍の実力差が必要という意味だそうだ。
要はそれくらい武器を持ってる人間は素手よりも強い、ということなんだろう。
そしてこの世界では、お手軽に剣を持ち歩ける分だけ、素手での戦いの技術が発展していない。
そりゃあ三倍苦労すると分かっていて素手での戦いを選ぶヤツはいないわな。
これは俺がブルータスのオッサンとの稽古で知った事実だ。
オッサンも試しに俺の関節技を食らって悶絶していたからな。間違いない。
「ピンクの兄貴! 目を覚ましてくれ! 女の子の顔を傷モノにするなんて、男の中の男である兄貴がするような仕事じゃないだろう?!」
どうやらダミアンは俺達の話を聞いていたようだ。
信じられずに立ち尽くしていたが、俺がやられた事で吹っ切れた。そんな所か。
「ダミアン。男には男のイッテエエエエエエ!」
「ダミアン! コイツの言葉に耳を貸すな!」
コイツの話は何だか妙な説得力があって抗いがたいものがある。
何というか、男子の弱い部分にクリティカルヒットするような魅力があるのだ。
せっかく掴んだこのビッグチャンス、そんな理由でみすみす逃す訳にはいかない。
大男が痛みにひるんだ隙にダミアンは大型ナイフを取り上げる事に成功していた。
「ピンクの兄貴・・・」
「やれ! ダミアン! 実力行使でお前の気持ちをコイツに伝えるんだ!」
「兄貴! 目を覚ましてくれええええ!」
「ギャアアアアアッ!」
ダミアンはナイフを放り出すと大男の顔を横から抱きかかえるようにロックした。
俺直伝のプロレス技、フェイスロックだ。
「アダダダダダ!」
大男は自由になった両手で必死に俺達を引きはがそうとするが、その度に俺達が与える激痛にどうしても力が入れられない。
フェイスロック。それはプロレスの地味な技代表のような絞め技だが、押さえるポイントさえ押さえれば地獄の拷問技となるのだ。
ダミアンは俺から面白半分に何度も技をかけられながら、体でそのコツを会得していたのだ。
「兄貴! 目を覚ましてくれええ!」
ダミアンは自分の手首の横の骨で、大男の頬骨をグリグリとえぐり続ける。
大男はかつて経験したことのない痛みに絶叫しながら涙と鼻水を流していた。
そうそう、上手いじゃないかダミアン。どんな馬鹿でも自分の体で覚えた事は忘れないもんだな。
それはさておき、ここから一体どうすればいいんだろうか?
技を解けば大男の反撃を食らうし、かといっていつまでもこのままという訳にはいかない。
ダミアンの肉体言語による説得が通じて改心してくれればいいんだが・・・
俺は適度に大男を悶絶させながら、この戦いの落としどころに頭を悩ませていた。
「全員その場を動くな!」
突然五~六人程の武装した男達が駆け付けると俺達を取り囲んだ。
男達は俺達を押し倒すと、手際よく後ろ手に縛りあげた。
「えっ? あ痛!」
「ちょっ・・・待って、痛ててて!」
「ゼエ、ゼエ、ゼエ・・・」
・・・大男だけ息を荒げているが、別に縛られて興奮している訳じゃないからな。
さっきまで絶叫していたせいで、呼吸困難になってるだけだから。
俺とダミアンは抵抗せずに男達にされるがままになった。
なぜなら揃いの装備から見て、男達はどこかの貴族の騎士団である事が明らかだったからだ。
下手に抵抗すると問答無用で首が飛ぶ。
俺達平民にとって本来貴族とはそういうヤバい存在なのだ。
突然の展開に立ち尽くしていたエッダが、慌てて男達に駆け寄った。
「ま、待って! その二人は違うよ! そっちの大男からウチを助けてくれていたから!」
「エッダ! 大丈夫でしたか?!」
エッダは女性の声に驚いて振り返った。
護衛の騎士を従えて現れたのは、夜目にも鮮やかなゴージャスな金髪縦ロールの美少女。
悪役令嬢対策倶楽部のローゼマリー会長だった。
次回「破滅への第一歩」




