表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
78/137

その5 深夜に忍び寄る影

 寮の三人部屋で俺は自分のベッドにゴロリと横になった。

 この世界にはスマホもなければTVも無い。

 一人でいると何もやる事が無いのだ。


 ダミアンは部屋に戻って来ない。

 本気であの大男用務員の世話になる気のようだ。

 部屋に戻るとアイツの着替えがゴッソリと無くなっていた。

 多分、昼間の間に用務員室かどこかに運び込んだんだろう。

 ちなみに勉強道具には手も付けられていなかった。

 アイツ明後日になって授業が始まったらどうするつもりなんだろうな。 


 あまりに暇なので、俺は晩飯の時間を待ちわびるように寮の食堂に向かった。

 とはいえ、メシなんてすぐに食い終わってしまう。

 結局やる事が無いのは変わらないのだった。




 ガタン


 突然の物音に俺はハッと目を覚ました。

 どうやらあのまま寝てしまっていたようだ。

 外はもう夜だ。部屋の中もすっかり暗くなっている。


 別に寝るつもりもなかったので、俺は窓の鎧戸を閉めていなかった。

 そんな開け放たれた窓から小柄な影が部屋に忍び込もうとしている。

 どうやらさっきのはコイツがたてた音のようだ


「誰だ?!」


 俺の言葉に影がビクリと身をすくませた。

 さてはドロボウか? ――いや、俺がドロボウなら貴族学科の寮に忍び込むに決まっている。

 貧乏な平民学生がどれだけ金を持っていると言うのだろうか。


 ここが女子寮ならチカン目的で忍び込んだ可能性もあるだろうが、ここが男子寮だ。

 今も下の階の先輩達がバカ騒ぎをしている声が聞こえている。

 どんなマヌケだってここを女子寮と間違って忍び込む事はないだろう。


「アルト・・・だよね?」

「その声――エッダか?」


 影から聞こえたのは女の声――というか、悪役令嬢対策倶楽部のエッダの声だった。


「お前何だって窓から。――待ってろ、今明かりを付けるから」


 俺はベッドから立ち上がると手探りで部屋のランタンを灯した。




 ランタンの明かりが灯ると、いつもの黒髪前髪パッツン美少女の姿が照らし出された。

 いや、いつもとはどこか雰囲気が違って見えるな。


 ああそうか。部屋着だからか。


 つい先日まで俺達はバルバラの屋敷に泊まっていた。だから当然、みんなの私服姿も見ている。

 とはいえみんな流石に貴族の令嬢達だけあって、私服とはいえキッチリとしていた。

 要は部屋着で屋敷内をウロウロするようなズボラなヤツはいなかったという事だ。


 今のエッダの恰好は暖かそうなワンピースで、その上から厚手のショールを巻いていた。


「まだ消灯時間前で良かったぜ。九時を回って部屋に明かりがついているのがバレたら先輩にぶん殴られるからな」

「ハハハ。それは大変だ」


 いやいや、笑っているけどこれってマジだからな。

 実際に隣の部屋のヤツは顔の形が変わるくらいぶん殴られていたから。

 あの馬鹿なダミアンがビビったくらいガチだから。


「何で窓からなんて入って来たんだよ。落ちたらケガじゃ済まないかもしれないぞ」

「そうだね。スリル満点だったよ。もう二度とゴメンかな」


 どうやらエッダは外階段を普通に上がって、そこから外の桟を伝ってこの部屋の窓まで来たようだ。

 ――俺達寮生が門限破りをする時の定番ルートだな。

 三階の入り口には指導寮生室があって、監視の先輩が見張っているからこの時間は通れないのだ。


「通れないって、トイレはどうするのさ」

「一声かけて行くんだよ。”314号室アルト、トイレに行きます”ってさ。それも夜中になれば鍵を掛けられてしまう。そうなればもうトイレにも行けない。うっかり行きそびれたヤツや、急にもよおしたヤツは朝まで我慢しなきゃいけないんだよ」

「うへぇ。それは大変だね」


 実際大変なんだよ。もう慣れたけどな。

 まあそんな男子寮四方山話はこれくらいでいいだろう。


「それで、何でこんな時間にこんな所に来たんだ?」

「愛を囁くために、とか思っちゃったかな」

「・・・冗談はよせ。俺は真面目に話しているんだ」


 俺は咳をして赤くなった顔をそむけた。


 この世界(あるいは国?)は、貴族と平民が存在する格差社会――じゃなかった階級社会だ。いや、格差社会でも合っているか。

 貴族と平民の間には越えられない大きな壁が存在する。

 だからコイツらが俺のような平民を恋愛対象として見るはずがないのだ。


 しかし、そうは言っても中身は日本人の俺には未だにあまり実感出来ていない。

 日頃から毎日、部室でコイツらとため口で話しているせいなのかもしれないな。


 そんな訳で、内心俺がエッダの冗談にドキリとしたのは秘密だ。

 だって仕方が無いだろう。コイツだって日本の町を歩けば何人もの男が振り向くような美少女なんだぞ。


 エッダはチラリと部屋の中を見回した。


「同室のヤツらなら今はいない。マリオはまだ実家から戻っていないし、ダミアンは・・・多分アイツは用務員室だ。ここには戻って来ないんじゃないか」


 保証は出来ないけどな。ていうか馬鹿(あいつ)の考える事は俺には理解出来ん。


「・・・明日の夜までウチをかくまって欲しいんだ」

「・・・穏やかじゃないな。理由は聞かせて貰えるんだろうな」


 エッダは少し考えると「もうこれっきりだし、話してもいいかな」と呟いた。

 その陰のある笑顔に俺は嫌な予感が湧き上がるのを感じた。




 話はエッダの生まれから始まった。

 当主である彼女の父親が、エッダを可愛がったために起こったお家騒動。

 ひとことで言えばそんな話だ。


「まあ姉は、ウチの目から見ても気位の高い癇癪持ちだから」


 なる程、分からないでもないな。

 そんなヤツなら、父親が側室の娘で妹のエッダを可愛がるのがさぞや面白くないだろう。

 そして癇癪を起して当たり散らすものだから、うんざりした父親はなおの事エッダが可愛くなる。

 姉的にはそれがまた癇に触って仕方が無い。酷い悪循環だな。


「ウチが学園寮に入って実家から距離を置く事で、少しは落ち着いてくれないかと期待したんだけどね」


 実際、エッダが去ってから姉の癇癪は収まっていたらしい。

 まあ気に入らない相手が家からいなくなったんだからそうなるだろう。

 ところが、これでめでたしめでたし、とはいかなかったんだそうだ。


 なんでもつい最近、姉の婚約話が先方から一方的に破棄されたんだそうだ。

 そのショックで姉は今、ふさぎ込んで食事も喉を通らない状態らしい。


「そこでマールグリタ様はウチの事を思い出しちゃったらしいんだ。自分の娘がこうなったのもウチの存在が悪いってね」

「なんだそりゃ?! とんだ八つ当たりじゃないか」


 エッダは「あの姉の母親だからね。ヒステリックなのさ」と肩をすくめた。


「ヒスを起こすだけならまだ良かったんだけど、アルが――あ、アルは実家の家令だよ。アルが言うには、あの人はどうやら私を害するために誰かを雇って仕向けたらしいんだ」

「なんだって?!」


 意外な言葉に俺は驚いてつい叫んでしまった。


 ドン!


 隣の部屋のヤツが部屋の壁を叩いた音がした。

 エッダは音のした壁を指差した。


「大丈夫?」

「んなコト言っている場合かよ! お前大丈夫なのか?!」


 エッダを害するって、つまりは殺し屋か何かを差し向けられたって事だよな。

 いくら憎んでいるからって、家族を殺そうとまでするのか?


「貴族ってのはそこまでやるのかよ?!」

「まあ、あの人は特別だと思うよ。ウチが憎い、というのもあるだろうけど、自分の娘を溺愛してる人だから」


 娘が可愛いあまり、娘にとって邪魔な存在は許せない、か。

 なんて身勝手な女だ。


 俺は心にどす黒い悪意を注ぎ込まれた気がして、思わず吐き気すら催した。


「けどお前、だったらこんな所でのんきに話していていいのかよ。早く何とかしないと」

「ああうん。それならもう手を打っているから」


 あたふたと慌てる俺に対して、エッダは落ち着いて軽く返事を返した。


「アルの手紙を読んだその日のうちにちょちょいと連絡を入れてね。というより、元々ウチが学園に入った時から、アルがいざという時の逃げ道を手配してくれていたんだよ。明日の夜中に学園の前に馬車が来る。それに乗り込みさえすれば後は外国までウチを運んでくれる手はずになっているから」

「なんだって?」


 俺は一瞬エッダ言葉が理解出来なかった。

 エッダは重ねて言った。


「ウチは外国に逃げるって事。流石に国外まではあの人の手も伸びないだろうからね。だから明日の夜までウチをここでかくまって欲しいんだ」


 エッダがこの学園からいなくなるだって?


 突然の事態に俺は自分でも驚くほどショックを受けて立ち尽くしていた。

次回「二人だけの夜」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ