その4 予想もしない形での再会
倶楽部活動が終わって、俺はいつものようにクラリッサに勉強を教える準備を始めた
その時、エッダが珍しく真剣な表情でローゼマリー会長を呼び止めた。
「ローゼマリー。ちょっといいかな。――込み入った話なんだけど」
「ええ、構いませんわ。そうですわね・・・」
会長はチラリと俺達の方を見た。
「あ~、じゃあ俺達は図書館棟に行くか。いいよな? クラリッサ」
「アタシはそれでも別にいいんですよ」
俺達は勉強道具を纏めると立ち上がった。
「申し訳ありませんわ」
「いいんですよ。ごきげんよう」
「じゃあまた明日」
倶楽部では仲良くしていても彼女達も貴族の子女だ。
他人に聞かせられない話くらい、いくらだってあるだろう。
俺はエッダがいつになく思い詰めた表情なのが気になりながらも、クラリッサを連れて部室を後にしたのだった。
「・・・お前、何やってんだ?」
部室棟を出た俺は、寮の同室のダミアンの姿を見付けて思わず立ち止まってしまった。
ダミアンは灰色のツナギを着て庭の掃除をしていた。
「アルトの知り合いなんですよ?」
俺の呆れ顔を見て、クラリッサが不思議そうな顔をした。
コイツも以前ダミアンとマリオには会っているはずだが、あの時の二人はチンピラの仮装をしていた。今の地味な用務員の姿と結び付かなくても仕方が無いか。
ダミアンは俺の呼びかけを無視して掃除を続けている。
聞こえていないはずはない。ここにいるのは俺達だけだし、そんなに距離も離れていないからな。
「おい、ダミアン。お前何シカトしてんだよ」
「ダミアンの知り合いか?」
太い男の声に振り返ると、そこにはダミアンと同じツナギを着た大男が立っていた。
以前俺がこの近くでぶつかりそうになったプロレスラー・・・じゃなかった、この学園の用務員だ。
ビビリのクラリッサが「ビビリじゃないんですよ!」クラリッサが俺の隣でビクリと身をすくませた。
「あ、いや、寮でアイツの同室の者です」
「違う」
俺の言葉に今まで無視を決め込んでいたダミアンが口を開いた。
「もうお前とは縁を切った。お前とは同室でも何でもない」
「いやお前、何を言ってんだ?」
同室でも何でもないって、じゃあお前今夜からどこで寝るんだよ。
「俺はピンクの兄貴の世話になる事にした」
「ピンクの兄貴? 誰だそれ?」
「・・・俺だ」
俺の後ろのプロレスラーが不本意そうに答えた。
ピンクって名前なのか? 名前にしちゃ微妙な気もするが、それは俺の精神が日本人だからで、この世界では割と普通の名前なのかもしれない。
「変な名前なんですよ!」
どうやらこの世界でも変な名前だったようだ。
「俺は兄貴に拾ってもらって生まれ変わった。俺は兄貴の下で男を磨くと決意したんだ」
おっと、ダミアンの話がまだ続いていた。
大男の名前のインパクトでコイツの存在をすっかり忘れていたぜ。
というかダミアンの馬鹿は何を言っているんだ?
クラリッサが俺の袖をツンツンと引っ張った。
「アイツと何があったんですよ?」
何があったって・・・ 別に大したことはなかったはずなんだが。
思い返せば確かに俺は今朝ダミアンと言い争いをした。
ひょっとしてあれが原因だったりするのか?
「ケンカしたんですよ?」
「ケンカっていう程のもんじゃないぞ。ただの口論だ」
昨日俺がバルバラの実家から寮に帰って来た時、寮の部屋は散らかっていた。
どうやら先に戻って来たダミアンが一人で生活しているうちに散らかしてしまったらしい。
その時たまたまダミアンは外に遊びに出ていた。
仕方無く俺は部屋を片付けた。
夜になって消灯時間になったので、俺はそのまま寝てしまった。
朝目が覚めたらダミアンは自分のベッドで寝ていた。
どうやら門限破りをして戻って来たようだ。
そろそろ朝飯も終わる時間だったので、俺はダミアンのヤツを起こしてやった。
そうしたらダミアンが突然怒りだしたのだ。
「という話だ」
「サッパリわけが分からないんですよ」
「どうやら俺が勝手に部屋を片付けた事で怒ったらしいんだ」
「・・・やっぱりわけが分からないんですよ」
クラリッサは不思議そうに首を傾げた。
「あれは散らかっていたんじゃねえよ! 俺には何処に何があるのか分かっていたんだ! お前が勝手に片付けたもんだから、何処に何があるか分からなくなったじゃねえか!」
俺の説明に激昂するダミアン。
どうやら俺の話を聞いているうちに、今朝の怒りがぶり返して来たらしい。
「いやいや、お前が散らかすのが悪いんだろうが。あそこは俺とマリオの部屋でもあるんだぞ」
「部屋が片付いていないと掃除も出来ないのです」
俺達の最もな意見は怒れるダミアンの耳には届かなかったらしい。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが本当に馬鹿だなコイツは。
というか、片付けられないヤツってみんな「自分には何処に何があるか分かっている」って言うよな。
そう言うヤツが部屋で物を失くした姿を何度見た事か。
まあウチの父親の話なんだが。
「そんな話より、ダミアン。ここの掃除は終わったのか?」
「あ、ああ兄貴。さっき終わったよ」
「そうか」
用務員ピンク――なんだろうなこの名前。大男でいいか。
ダミアンは大男の用務員に声を掛けられ、あたふたと道具を片付け始めた。
大男は俺達の方へと振り返った。
「アイツは今、迷いの中から自分自身で答えを見つけようとしている。お前も男なら黙って友を待つ器量を持て」
「えっ? あ、はい」
大男のえも言えぬ迫力に押されて俺は首を縦に振った。
俺の隣でクラリッサが「訳の分からない言葉でアルトが言い負かされているんですよ!」とショックを受けていた。正直俺自身そう思うわ。
「ピンクの兄貴! 片付けが終わりました」
「そうか。――よし。いいだろう」
「! あざーっす! 次は何を手伝いましょう?!」
大男のチェックにOKが出て、ダミアンは鼻息を荒くしている。
てか本当に嬉しそうだなお前。
「付いて来い。丁度手が足りていない仕事があったんだ」
「任せて下さい兄貴! 何でも手伝いますよ!」
去って行く大男と、軽快な足取りで男に従うダミアン。
俺は二人の後ろ姿を呆気に取られながら見送った。
「・・・ええと、今日は勉強を止めにしてもいいんですよ?」
「そうか。マジで助かる。正直今は真面目にモノを考える気になれねえ」
俺はクラリッサのありがたい申し出を素直に受けたのだった。
「いや、間が悪すぎるだろうコレ」
「・・・」
俺が男子寮に戻ると、ダミアンが作業をしていた。
さっき大男が言っていた”手が足りていない仕事”とは、寮の周りの柵の修繕だったようだ。
ていうか空気の読めないヤツだなあの大男は。
俺とダミアンは気まずい思いを味わいながら無言ですれ違うのだった。
次回「深夜に忍び寄る影」




