その3 ピンチをチャンスに
「では本日の”悪役令嬢対策倶楽部”の活動を始めますわ!」
ここはいつもの貴族学科の部室棟。
今日もローゼマリー会長の宣言で倶楽部活動が始まった。
というかこの展開も久しぶりだな。
ちなみに今はまだ冬休み中だ。授業は明後日から始まる事になっている。
「なんだか久しぶりな気がするんですよ」
オレンジ色のストレートヘアのアイドル系残念美少女クラリッサが「アタシは残念じゃないんですよ!」クラリッサが呟いた。
「いや、お前は残念だろう。そして阿呆の子だ」
「こ、この平民アルト!」
ハイハイ分かった分かった。俺は平民アルトですよ。
「ぐぬぬぬぬ」
俺に軽くあしらわれて、ぐぬぬなクラリッサ。
「アルト。クラリッサを虐め過ぎだ」
そんな俺を銀髪の麗人バルバラが窘めた。
冬休みからこっち、バルバラは俺が悪ふざけをするとこうして注意するようになっていた。
「お前の性根は立派な人間なのだから、そんなふうに自分の品位を貶める言動は控える方が良い」
「いや、俺はお前が言うような立派なヤツじゃないぞ。どこにでもいる平民だから」
「それは嘘。アルトは新鮮」
バルバラの持ち上げに閉口する俺だったが、そこにディアナがいつもの眠そうな目をしながら加わって来た。
お前まで俺にお世辞を言うのかよ。これはあれか? 以前にもあった褒め殺しか?
そんないつもの俺達だったが、一人だけどこか元気のないヤツがいた。
「どうしたんですよエッダ。いつものエッダならここで何かビシッと気の利いた事を言っているんですよ」
「それってハードルを上げ過ぎなんじゃない? ウチだって調子の出ない時くらいあるから」
黒髪前髪パッツン美少女は、クラリッサの言葉に苦笑いを浮かべた。
「ピンチはチャンスという言葉があるそうです。これって凄くステキな言葉だと思いましたの」
ローゼマリー会長はまた本から何かヒントを得たようだ。
ふむ。ピンチはチャンス。よく聞く言葉だが、確かにそうだよな。
サッカーの海外リーグで活躍する本田圭佑も、「同じ1点でも逆境であげた1点は大きな価値がある。今(逆境)は僕にとってリターンが大きい、"おいしい"状況なのだ」って言ってたからな。
「ホンダさんも? やっぱりその方も私と同じで亡くなられた方なんですの?」
「まだ元気にサッカーをやってますから! それに会長だって死んでないですよね?!」
ローゼマリー会長は五年後に破滅して命を落とす未来が待っている。
今はまだ遠い将来のような気もするが、実際にその時期が迫って来れば、こんな風にのんきに構えてはいられないのかもしれない。
「ピンチはチャンスじゃないからピンチなんですよ?」
「それを言ったら身も蓋もないね」
クラリッサの、ある意味最もな言葉にエッダが苦笑している。
「そうだな・・・ 例えばクラリッサ、お前が朝寝坊して授業に遅刻したとしようか」
「それはただのピンチなのです。どこもチャンスじゃないんですよ」
「だが遅刻したお前が深く反省の姿勢を見せて、その後キチンと時間を守り続ければ、逆に教師は、クラリッサはなんて責任感のある人間だ、と考えるかもしれないだろ?」
「「「「「おお~っ」」」」」
遅刻をしないのは当たり前。だが、一度遅刻をした人間が反省をして二度と遅刻をしなければ、その人間は何だか凄く真面目に見える。
これぞ『悪い方向で目立ったヤツは普通の事をしているだけで何だか真面目に思われる理論』だ。
「アルトはなんてずる賢いヤツなんですよ!」
俺の言葉にショックを受けるクラリッサ。
いやいやそこまで驚く事か?
どうやら真面目な彼女達には俺の言葉は目から鱗の発想だったようだ。
「も、もっと聞かせて下さいまし!」
ローゼマリー会長も興奮に頬を桜色に染めて、俺の言葉に食い付いて来た。
「ええと、そうですね。例えば・・・そう、家の玄関の話ですが、誰かがやって来てノックをしてもすぐに出らない時ってあるじゃないでか。場合によっては一分くらいは待たせる事になったりとか」
「そうなんですの? 門から馬車が屋敷に着くまでに、門番が屋敷の者に知らせればよろしいのでは?」
おおう・・・この例えは失敗か。伯爵家の屋敷は日本の住宅事情とはスケールが違いすぎたぜ。
「あ~、じゃあ寮の部屋でもいいです。誰かが訪ねて来た時に、ちょっと手が離せずにすぐに出られない事ってありますよね?」
「私の部屋を訪ねて来るお友達はいませんので・・・」
しょんぼりするローゼマリー会長。そして気まずそうに目を反らすクラリッサ。
やべっ。最近ボッチネタが無いから忘れてたわ。しまったな。この気まずい雰囲気をどうしようか。
「まあまあ、ローゼマリー。この話はあくまでも仮定の話だから。それでアルト、それがどういった話に繋がるんだい?」
「ああ、そうそう。その時、訪ねて来た人をドアの前で待たせる事になるじゃないですか。それって気まずいですよね」
エッダのフォローが入って、何とか話が先に進む事になった。
俺の話に可愛く小首を傾げるローゼマリー会長。
「・・・そうですわね。でしたら支度が整うまで応接間で待っていて頂きませんと」
「いやいや、応接間に案内するためにも部屋のドアを開けないといけませんよね。そのドアの外に待たせてしまっているという話なんですが」
「! 確かにその通りですわ! どうしましょう!」
ローゼマリー会長は俺の指摘にハッと目を見開いた。
「立ったままお茶を飲んで頂く事になりますわ!」
「よし。会長は応接間に案内する話から離れましょうか」
何だか話の大前提がおかしくなってますよ。
お茶を出すにも部屋のドアを開けないといけませんからね。
「待っている間に何か暇を潰してもらえばいいのです」
おっと、クラリッサからなかなか良い意見が出たな。
実は俺が言いたかったのはそれなんだ。
コイツは時々こうやって鋭い意見を出すよな。
俺の反応にまんざらでもない顔になるクラリッサ。
「一緒にお話をして時間を潰せば良いのですよ!」
「だからそのためにはドアを開けないといけないって言ってるだろうが!」
お前は俺の話を聞いていなかったのか?!
俺の指摘に驚くクラリッサ。だから何でお前が驚くんだよ。俺の方が驚いたわ。
「アルトの雰囲気から察するに、ドアのそばにイスを置いておく、とかそういうオチじゃなさそうだよね」
おっと、エッダからこれまた鋭い意見が出たな。
エッダの言葉にクラリッサが飛びついた。
「ドアのそばにイスを置くんじゃないのです? 分かった! ドアの前にイスを置くんですよ!」
「少しは考えてから喋れ! そんな所にイスを置いてたら邪魔で仕方が無いだろうが!」
俺の指摘に再び驚くクラリッサ。だから何でさっきからお前の方が驚くんだよ。
「部屋のドアに15パズルを埋め込んでおくなんてどうかな? 楽しそうじゃない?」
「いや、お前は楽しいかもしれんが、みんなが楽しいと思うかどうかは疑問だぞ」
それにパネルをスライドさせている最中にドアが開いたら突き指しそうだしな。
エッダは「あ~、確かに」と苦笑した。
「ドアが剣術用の打ち込み台になっているのはどうだ? 鍛錬をしていればあっという間に待ち時間が過ぎると思うぞ」
「打ち込み台ってあれか、剣の練習に使う人形の事か? そんなの入り口に置いといたらお前みたいなのが使ってうるさくて仕方が無いだろう」
脳筋少女バルバラの提案は迷惑過ぎて当然却下だ。
というかお前ならそんな道具が無くてもスクワットでもしてればいいんじゃないか?
「確かにそうだ」
「いや、本当にするなよ?」
ドアを開けたら来客がスクワットをしていた、なんて事になったら気まずいなんてもんじゃないだろうからな。
クラリッサは俺の隣で机に突っ伏しているディアナに尋ねた。
「ディアナだったらどうするんですよ?」
「寝て待つ」
「それも止めとけ」
他人の部屋の前で寝るってお前、どんな嫌がらせだよ。
「アルトは文句ばっかりなんですよ」
「何かヒントが欲しいですわ」
「ヒントですか? そうですね、人に会う時に気になる事って何かありませんか?」
「人に会う時に気になる事・・・ あっ! 分かった!」
エッダはペチンと手を合わせた。
「それは”身だしなみ”だ! 答えは鏡だね! ドアに鏡があれば身だしなみのチェックが出来る!」
「「「「!!」」」」
「そうだ。正解」
実は元々これはエレベーターの話なのだ。
エレベーターはかごがやって来るまでに長くて数分間の待ち時間が発生する。
あるビルでは「エレベーター待ち時間が長い」と客からのクレームが多かったんだそうだ。
だからといってエレベーターの数を増やしたり、エレベーターの速度を上げるような大掛かりな工事は出来ない。
そこでビル側は知恵を絞って各階のエレベーターの前に大きな鏡を設置した。
つまりかごが到着するまでの時間を「待ち時間」ではなく、「身だしなみをチェックするための時間」にしたのだ。
その後クレームはピタリと来なくなったんだそうだ。
ちなみにこの世界にはエレベーターが無いので、部屋の前の話にアレンジさせてもらった。
「なる程。すごい発想ですわ!」
「やっぱりアルトはずる賢いヤツなんですよ!」
「・・・お前はどうあっても俺を悪者にしたいようだな」
少しは素直に感心しているローゼマリー会長を見習ったらどうだ?
まあ以前ネットで読んで知っていただけで、俺のアイデアじゃないんだけどな。
「ピンチの時にも諦めずに頑張ればきっと良い結果になりますわ! 今日の活動ではその事が分かりましたわ!」
会長の言葉にクラリッサ達がハッとした顔で俺の方へ振り返った。
「そう・・・なんですよ。力を合わせればピンチは乗り越えられるのですよ」
「ピンチの中でこそ気付く事もある」
「ピンチのおかげで頼れる人を見つける事だってあるよね」
なにやら訳知り顔で満足そうに頷く三人。
何だ? 今の会長の言葉に何か心当たりでもあったのか?
俺がそんな事を考えている中、エッダは一人、いつになく沈んだ表情のように見えた。
次回「予想もしない形での再会」




