その1 実家からの手紙
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メッテルニヒ魔法学園の貴族学科。
女子学生寮の自分の部屋に戻った少女は、荷物を置くと軽く伸びをした。
小柄な黒髪の少女――バカンス男爵家令嬢エッダである。
「う~ん、寮の部屋に入って、”帰って来た”って気分になるのも変な話だけど、少なくとも実家に居るよりはホッとするよね」
エッダは苦笑すると十二畳程の狭い部屋をぐるりと見回した。
彼女はこの冬休み、『悪役令嬢対策倶楽部』のメンバーであるバルバラの誘いで、彼女の実家のあるアイスゲンの港町に行っていた。
ついさっき他のメンバーと一緒に学園に戻って来た所である。
部屋の中は一月も放置されていたと思えない程掃除が行き届いていた。
それもそのはず、彼女がいない間も寮監が部屋に入って掃除をしていたからである。
これはなにもエッダの部屋だけに限った事では無く、ローゼマリーら伯爵家の子女の部屋を除く全部屋で行われているものであった。
伯爵家の子女の部屋には関係者以外入れない。
それはこの学園がメッテルニヒ魔法学園――ローゼマリー・メッテルニヒ伯爵家に連なる事から容易に推測できるだろう。
要は他の伯爵家にとっては、政敵となるメッテルニヒの息のかかった者を部屋に入れるのを良しとする事は出来ず、またメッテルニヒにとっても痛くもない腹を探られるのは面白くない話でもあるのだ。
こうして学園では伯爵家子女の部屋は学園の監視外――不可侵領域となっているのである。
エッダは部屋着に着替えると――ちなみにローゼマリーと異なり、彼女はメイドの手を借りずに一人で着替えている。そもそもこの寮に使用人を連れ込めるのは伯爵家の子女だけなのだ――机の上に置かれた手紙を手に取った。
彼女が学園を離れている間に届いたものだろう。
蜜蝋には彼女の実家、バカンス男爵家の印章が押されている。
彼女は実家からの手紙に何故か眉間に少し皺を寄せたが、無言で封を切ると手紙を広げた。
「なんだ、アルからの手紙か」
エッダは手紙の文面を見てホッとため息を漏らした。
手紙は彼女の予想と違って、実家の家令であるアルサークからのものであった。
実はエッダは実家と折り合いが悪い。
というよりは父親の正妻であるマールグリタ夫人との折り合いが良くなかった。
彼女の父は遠縁に当たるマールグリタ夫人をめとっていたが、二人には子供が出来なかった。
このままでは家の存続も危うい。
そこで彼は側室としてエッダの母を迎える事にした。
ところがその直後にマールグリタ夫人は懐妊。長女を出産する。
そしてその翌年にはエッダの母親が彼女を産んだのだった。
短期間に二人も子宝を授かった上に、長女の方は正妻から産まれたのだから、本来であれば良い事尽くめで何の問題も無かったはずである。
ところが、彼女の父親は利発で器量の良いエッダの方が可愛くなってしまった。
正妻であるマールグリタ夫人にとってこれが面白いはずはない。
彼女は何かにつけてエッダを目の敵にするようになってしまった。
こうしてバカンス男爵家は二つの派閥が出来てしまったのである。
よくある貴族のお家騒動と言ってしまえばそれだけだが、巻き込まれた本人にとってはそんな言葉で済ませられるものではない。
エッダはメッテルニヒ魔法学園の入学条件を満たせる年齢になると、逃げだすように実家から飛び出したのであった。
「父上も母上も元気そうだね。良かった。冬休みに戻らなかったからお恨みになっているかと思った」
エッダは手紙を最後まで読み終えると、ふと違和感を覚えた。
「”昔、まだ幼い頃のお嬢様と遊んだ時の事を懐かしく思い、つい筆を取ってしまいました”? どういう意味だい?」
手紙の最後に何気なく書かれた一文。そこにエッダは家令からのメッセージを感じた。
普通に読み取れば、この手紙の事を言っているようにも思える。
しかし、それだと”幼い頃のエッダと遊んだ時”という言葉とのつながりが若干おかしい気もする。
なぜ彼は普通に”エッダを懐かしく思い”と書かなかったのだろうか?
エッダは昔から自分を可愛がってくれた家令の顔を思い浮かべた。
「アルはどちらかといえばお母様派、というかウチの味方だった。そんな彼がウチに伝えたい事――」
エッダは手紙をよく観察しているうちに、ある事に気が付いた。
「この手紙、ほんの少しだけだけど紙が波打っている。もし手紙が雨に濡れたのなら文字に滲みが出ているはずだ。でもそんな様子はどこにも見えない。つまりこの手紙は最初から綺麗な紙に書かれていなかった事になる。その事にあのアルが気が付かなかった? そんなまさか」
エッダにとってアルサークは尊敬できる有能な家令だった。
あのしたたかな男がこんなうっかりをするとは思えない。
「子供の頃のウチとした遊び・・・ つい筆を取ってしまいました、という言葉。あっ! ひょっとして!」
エッダは手紙を置くと慌てて机のランタンに火を付けた。
エッダはランタンの火に慎重に手紙を近付けると軽く紙をあぶった。
「やっぱり! ”あぶり出し”だったんだ!」
紙にみかんなどの果実のしぼり汁で文字を書くと、見た目こそ変わらないが、果汁に含まれる酸が紙と反応して変化する。
本来紙は水分を蓄えやすいので、紙には多量の水分が含まれている。
この紙をゆっくりと火に近付けると、紙からは保有していた水分が蒸発する。
しかし、酸で書かれて変質した部分は、書かれていない部分より水分の保持能力が低いため、先に焦げてしまうのである。
そのため、書いた文字や絵が浮き出てくるように見えるのだ。
「アルもよくこんな事を覚えていたもんだ」
思えばこの遊びを自分に教えてくれたのはアルサークだった。
昔を懐かしんで思わず顔をほころばせるエッダだったが、浮かび上がった文章を読んでその表情はみるみる険しいものへと変わった。
「マールグリタ様。そこまでウチの事を・・・」
実家の家令が誰にも見つからないようにエッダに伝えたかったその言葉。
そこには『夫人が学園に手の者を送りました。お嬢様におかれては重々注意されたし』と書かれてあった。
次回「新人用務員」




