表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
73/137

プロローグ さらばルーデン男爵家

「長い間お世話になりましたわ」

「僕の体を良くして頂いたのに、なんのお構いも出来ずに申し訳ありませんでした」


 ゴージャスな金髪縦ロールのローゼマリー会長の言葉に、痩せた銀髪の青年――バルバラの兄貴のディルハルトさんがほほ笑んだ。

 ディルハルトさんの後ろではお母さんが不安そうに見守っている。

 この十日ほどでディルハルトさんの体調は随分と良くなった。

 とはいえこの寒空の下で俺達を見送るのは、まだまだ体に負担がかかるんだろう。

 母親としては心配するのも当然だ。


 そう、今日は俺達がメッテルニヒ魔法学園に帰る日。

 二週間ほど世話になったルーデン男爵家のみんなに見送られて馬車に乗り込む所なのだ。

 今日でこのアイスゲンの港町ともおさらばとなる。

 なんだかんだで色々と濃厚な日々だったよな。


 ふと気が付くと髭の白くなった年配のオッサンが俺の前に立っていた。

 かつては剣豪で鳴らしたという、この屋敷の使用人頭のブルータスのオッサンだ。


「坊主。学園に戻ってもサボるなよ」

「朝晩コイツを振れって言うんだろ。わかっているよ、師匠(・・)


 俺は腰に佩いた細身の剣を軽く叩いた。

 そう。俺は毎日このオッサンから剣の稽古をつけてもらっていたのだ。


 急にオッサンから「稽古をつけてやる」と言われた時は戸惑ったが、稽古自体には真面目に取り組んだつもりだ。

 だってそうだろう? 実戦経験豊富な剣士に剣を教えてもらえるんだぜ?

 日本ではちょっと考えられないレアなシチュエーションに、男の子ならワクワクしてしまうのも当然じゃないか。


 そう。俺の体はこの世界のアルトのものだが、心と記憶は現代日本の高校生のものなのだ。

 つまりは異世界転生というヤツだ。

 元々のアルトの精神がどうなったのかは分からない。

 俺の精神と入れ替わって地球に行ったのか、あるいは上書きされて無くなってしまったのか・・・

 こうして俺は自分が異世界人だという事を周囲に隠したまま、アルトとしての生活を送っているのだった。


「違うぞ坊主」


 ブルータスのオッサンは「本当にお前は分かっていない」とかぶりを振った。


「女にはマメに気を使えと言っただろうが。決して面倒だからとサボるんじゃないぞ。女はそういう所を良く見ているからな」

「そっちの話かよ! だから違うって言ってるだろうが!」


 このオッサンはなぜか俺がローゼマリー会長達とのハーレムを作ろうとしていると勘違いしているのだ。

 いくら否定しても「ワシには分かっておるぞ」と聞きやしない。

 そのためこうして、頼んでもいないのにモテる男の秘訣とやらを伝授して来るのだ。

 ひょっとしてオッサンの中では、自分は男女関係の師匠のつもりでいるのかもしれない。

 だからそういうのはいいってばよ。


「またあなた達は怪しげな話をしていますね」


 そんな俺達をジト目で見るのは小柄なメイドさん。ディルハルトさんの専属メイドかつ、オッサンの娘のクラーラさんだ。

 ていうか俺をあなたのお父さんと一緒にしないで欲しいんですが。


「父のように自分の欲求を不健全な方向に発散しないで下さいよ」


 クラーラさんは精霊契約の際に俺に負けて以来、妙に俺にあたりが強くなっている気がする。


「・・・言ってくれますね」


 クラーラさんの目が冷たい光を放った。

 やべっ。ついうっかり心の声が漏れてしまったみたいだ。


「そう言うなクラーラ。坊主は毎晩欠かさずに自分の剣を握っておったぞ。なんならお前の目で確認してみるか?」


 おいよせオッサン、何だか手つきが妙に卑猥だぞ。それだと違う意味に勘違いされるだろうが。

 仮にも剣豪と言われた父親の言葉に、クラーラさんは「ほほう」と呟くと俺の方へ振り返った。


「いいでしょう。でしたら私がお相手いたしましょう」

「は?」

「私と試合をしなさいと言っているんです」


 こうしてなぜか俺は出発前にクラーラさんと戦う事になってしまったのだった。




 俺は竹刀を手にクラーラさんと向き合った。

 ちなみにこの世界にも竹刀によく似たものがある。最初に見た時には驚いたもんだ。

 これって俺の前にも他に誰か日本人転生者がいた、なんて話じゃないよな?

 いや、たまたまこの世界でも元の世界と同じような物が作られただけなんだろう。多分。


 唐突に始まった戦いに、ローゼマリー会長達はどう反応して良いか分からないみたいだ。

 みんな困った顔で俺達を遠巻きに見ている。

 ああ、心配しないで欲しい。きっと俺も困った顔をしているから。


「さあ来なさい。これでも剣豪と呼ばれた父の娘です。私を女と侮らない方が良いですよ」


 クラーラさんは竹刀を正眼に構えている。

 その佇まいは驚くほどさま(・・)になっている。俺なんかの付け焼刃の剣術とは大違いだ。

 ブルータスのオッサンがふんぞり返って言った。


「坊主、ワシの娘だからと遠慮する事はないぞ! ワシと共に編み出した例の必殺技で吠え面をかかせてやれ!」

「必殺技(笑)! いいでしょう、その技見せてみなさい!」


 ノリノリだなこの親子。

 仕方が無い。自信は無いがやるしかないか。

 というか、どのみち俺にはアレ(・・)しかないしな。

 俺は竹刀を腰の剣吊りに挿した。

 俺の行動に不思議そうな表情を浮かべるクラーラさん。


「行きます!」


 俺は腰の竹刀に手を掛けながら、低い姿勢で一気にクラーラさんとの距離を詰めた。

 武器を抜かずに突っ込んで来る俺にクラーラさんは戸惑っている様子だ。

 俺はパッと体を起こして袈裟懸けに切り付ける――ように見せかけながら再び体を沈めると抜き打ちで竹刀を横に薙ぎ払った。

 横薙ぎの竹刀はクラーラさんの前に出た方の足の脛を切り払った。


 スパーン!


「痛ったあああ!」

「それまで! 坊主の勝ちじゃ!」

「いやったあああああ!」


 これが俺とオッサンの編み出した必殺技。”フェイントからの脛薙ぎ払い居合術”だ。


 剣といえば誰が何と言おうと居合術。

 そこだけは譲れない。

 居合切りはロマン。この気持ち、男子なら分かってもらえると思う。


 オッサン的にも剣を抜かない剣術というのは斬新な発想だったらしく、わりとノリノリで俺の話に乗ってくれた。

 俺のこだわりと、オッサンの実戦経験から来る見識が熱く激しくぶつかり合い、誕生したのがこの”フェイントからの脛薙ぎ払い居合術”なのだ。


「師匠。この技、今後は”クラーラさん切り”と呼ばせて頂きます!」

「うむっ。それはそれで立派な名前じゃ!」


 固く握手を交わす俺達師弟。若干呆れ気味のローゼマリー会長達からのまばらな拍手も耳に心地良いぜ。


 つかの間の喜びに浸っていた俺だったが、背後に立ち昇る怪しい気配に慌てて振り返った。


「なかなか愉快な技じゃないですか。いいでしょう一本目は(・・・・)あなたのものです。でも次はありませんよ? 最初に言いましたよねこれは三本勝負だと(・・・・・・・・・)


 三本勝負? 全然そんな話は出てなかったですよクラーラさん。

 クラーラさんが発するどす黒いオーラに周囲の木立がザワザワと音を立てた。


「マズい、あやつめマジになりおった! 坊主、ここはワシに任せて逃げろ!」

「逃がすと思いますか? どきなさい邪魔ですよ! 戦え! 私と戦ええええ!」

「くっ! 年寄り、には、こたえる、わい!」

「ひえええええっ!」


 剣豪親子がバシンバシンと竹刀を叩きつけ合う音を背に、俺は会長達の背中を押すと急いで馬車に乗り込んだ。


「出して下さい! 早く!」

「はっ、はい!」


 御者のオジサンが慌てて手綱を振って馬に合図を送った。

 ゴロゴロと動き出す馬車。


 俺の正面に座る執事のゼルマは呆れ顔になっていた。


「あなた何やっているんですか」

「これって俺のせいなの?!」


 こうして俺達は慌ただしくバルバラの実家を後にしたのであった。

次回「実家からの手紙」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ