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エピローグ 兄妹

今回で第四章が終了します。

 あの後、屋敷は大騒ぎになった。

 メイドさん達はバルバラを取り囲んで部屋へと連れ戻し、ブルータスのオッサンは男の使用人を指示してあちこちに連絡に向かわせた。

 しばらくすると鎧を着た騎士団の人達がやって来て、オッサンの指示を受けて再び屋敷の外へと走り出していった。

 てか、オッサンの前でかしこまる騎士団の人達を見てると、サッカー部の練習中にOBが遊びに来た時の事を思い出したぜ。さすが騎士団、体育会系だな。


 やがて、さらに人数を増やした騎士団と、使用人によってどこからともなく集められた男達とで、裏の林の山狩り?が行われた。


 人海戦術の力でどうにかギリギリ日が暮れる前には全て終わったようだ。

 山狩りの結果はシロ。あの亜人以外のモンスターが入り込んだ形跡はなかったんだそうだ。


「そもそもこの林にはモンスターの餌になるような大型の動物はいませんからね」

「しかし、騎士団も把握していなかったモンスターか・・・ 一体どのルートでここまで侵入したのか」


 謎は謎を呼んだ様子だが、ひとまずこれ以上の危険はなさそうだ。

 俺達はホッと胸を撫で下ろしたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 バルバラはケガをした体をベッドに休めていた。

 あれから三日。彼女は食事の時をのぞいて一日中天井を眺めながらぼんやりと過ごしていた。

 体のケガはともかく、命の危険を体験したことによる精神的な疲労から中々立ち直れずにいたのだ。

 悪役令嬢対策倶楽部のメンバーも今は彼女を気遣ってそっとしている。

 バルバラは今日もベッドで無気力に時を過ごしていた。


 コンコン


 ノックの音と共にドアが開けられた。

 立っているのは小柄な若いメイド――クラーラだ。


「お嬢様、お兄様がお見舞いに参られました」

「やあバルバラ。先日は大変だったね」


 男の声にチラリと目をやったバルバラは、信じられない人物の姿に目を見開いた。

 クラーラの後ろに杖を支えに立っているのは不健康そうな銀髪の青年。

 バルバラの兄、ディルハルトだったのだ。


「えっ? ・・・嘘?」

「お邪魔するよ」


 ディルハルトは一声かけるとクラーラに支えられながら部屋に入って来た。


「ああ疲れた。ここまでたどり着くのにどれほど苦労したか」


 ディルハルトはイスに座り込むと大きく息を吐き出した。

 クラーラはディルハルトのそばから離れると、お茶の支度をするために部屋を後にした。


 バルバラはまだ信じられないものを見る目で実の兄を凝視している。


「信じられないかい? 実は僕もなんだ」


 彼女の兄、ディルハルトは幼い頃から体が弱く、この数年は離れから出る事すら出来ない体になっていた。


 ――彼はもう長くない―― 


 その噂は屋敷のみならず地元の貴族の間でもささやかれ、バルバラは痛ましさのあまり最近では兄の見舞いを避けるようにすらなっていた。


 確かに今でもディルハルトの顔色は悪い。しかし、その表情からは死相ともいうべき暗い何かが消え、明るい生気すら感じられた。


「実はこれはちょっとした出会いが生んだ奇跡の結果なんだよ。その話を是非お前にも聞いてもらおうと思ってね」


 そう言って兄が話し始めた物語はバルバラの想像を超えたものだった。




「――という訳なんだ。お前の友達の青い髪の少女。ディアナ・アスペルマイヤー嬢は今でも毎日僕の契約精霊に注意をするように言ってるけどね。僕にとってこの精霊には本当に感謝しかないよ。仮に精霊が残りの寿命の半分をよこせと言って来ても、今なら喜んで差し出すだろうね」


 最もこの精霊は、そんな物よりもアルト達との勝負の方をまた見たがるかもしれないけど。


 そう言ってディルハルトは長い話を締めくくった。

 そうしてカップを手に取ると、すっかり冷めてしまったお茶で喉を潤した。


 バルバラは兄が血を吐くのではないかと思って身構えたが、ディルハルトは何事も無くお茶を飲み干してカップを皿に置いた。

 ディルハルトは妹の表情から何を心配しているのか察し、口元に笑みを浮かべた。


「実はあの日以来この三日間、一度も血を吐いた事が無いんだ。以前は何かする度に、いや特に何もなくても咳き込んで血を吐いていたのにね」

お兄様(・・・)・・・」


 バルバラはディルハルトの姿と言葉に、今の話が全て本当の事だと悟った。


「僕達兄妹はアルトに返す事の出来ない恩を受けたと思う」


 ディルハルトの言葉にバルバラはハッと胸を突かれた。


「僕はまだこんな体だ。彼に返せる物は無い。心苦しいがね。今は焦らず早くまともな体になる事に集中するべきだと思っている。今まで散々苦労をかけておいてこんな事をお前に頼むのは済まないと思う。だが、どうか僕の分まで彼の力になってはくれないか」

「アルトの力に?」


 ディルハルトの言葉はバルバラにとって意外なものだった。

 アルトの力にも何も、彼は自分達兄妹と違って特に問題を抱えているようには見えない。

 自分に何か出来る事などあるのだろうか?


「ある。――と、僕は考えている。自分で言っていても迷信じみたおかしな話だと思うが、僕はずっと明日をも知れない体だったせいか、命の怪しい者、理不尽な運命に命を弄ばれている者を見ると何となく感じる事が出来るんだ。同類を嗅ぎ分ける嗅覚と言ってもいいのかもしれない」

「それって本当にアルトなの? ローゼマリーじゃなくて?」


 バルバラの言いたい事は分かる。ローゼマリーは今から五年後に破滅の末の死が約束されている。

 運命に命を弄ばれているのなら彼女の方ではないだろうか?


「違う。僕の感覚はアルトから僕と同じ死臭を嗅ぎ取っている。彼は質の悪い運命に弄ばれている。――まああくまでも不確かな僕の勘によるものなんだが」


 バルバラは少し驚いていたが・・・ やがてその目に決意をみなぎらせて頷いた。

 ディルハルトは妹の表情にホッとして口元を緩めた。


「今後は家の事は僕に任せて欲しい。父上と母上の間は僕が良い具合に落としどころを見つけてみせるよ。だからお前は心配せずにアルトの力になってやって欲しい」

「分かりました兄上(・・)


 それからディルハルトは”悪役令嬢対策倶楽部”の友人達との話を聞きたがった。

 めっきり疎遠になっていた兄に仲間の話をしているうちに、バルバラの心は少しずつ温かいもので満たされていった。

 それは彼女が幼い頃から憧れ、求めてやまなかった家族のぬくもりだった。


 バルバラはこのぬくもりを得るために剣の道を歩んで来たが、それは剣では得られず、人との出会いによって初めて彼女の手に入ったのだ。

 これを皮肉と言い切ることは簡単だが、この出会いが剣の道を目指したことにより生じたものであるのは違いない。

 それは今までの彼女のひたむきな努力に対して、天が与えてくれたご褒美だったのかもしれない。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺達の前にバルバラが姿を現したのはあの日から四日後の事だった。


「みんなには心配をかけたね」

「元気になって良かったですわ」

「良かったのですよ!」

「元気があれば何でも出来る」

「それって以前にアルトが言っていた言葉だよね」

「俺そんな事言ってたっけ?!」


 元気ですかーっ! 1・2・3・ダーッ!


「そういえば、バルバラがいない間にウチらお兄さんに会ったよ」


 そうそう、そういえば今朝も離れの外でディルハルトさんを見たな。

 ディアナに「外を出歩くのはまだ早い!」って怒られて苦笑しながらベッドに戻っていたっけ。


「バルバラから聞いていた印象と大分違っていたのですよ」

「病弱」

「ディアナ、それは言い過ぎですわ! でも人柄が良さそうな方でしたわ」


 会長達の言葉にバルバラも少し考え込んだ。


「確かにそうかもしれない。私の兄上に対するイメージは少し父上のイメージが混ざっていた気がする」


 そうなのか? 俺にはブルータスのオッサンが混ざっていたと言われた方が納得出来る気がするが。


「兄上は父上よりもアルトに似ているな」

「俺か?!」

「アルト・・・? そうなんでしょうか?」

「う~ん、頼りなさそうな所が似ているんですよ?」

「クラリッサ、何気に酷い事を言っているよ」

「疑問」


 納得いかなそうな会長達だったが、バルバラはどこかスッキリした表情で重ねて言った。


「いや、アルトによく似ている。うん。間違いない」


 まあ家族のバルバラがそう言うのならどこかしら似ているんだろう。多分。

 その時、勢いよく部屋のドアが開くと小柄なメイドさんが飛び込んで来た。


「坊主! クラーラを止めるんじゃ!」

「止める者には容赦しません! これはディルハルト様が直々に私にご命じになった事なのです!」


 クラーラさんを追ってブルータスのオッサンまで部屋に入って来た。

 二人で一体何をやっているのかと思えば、クラーラさんは見覚えのある大きな鞄を抱えている。

 ディルハルトさんのベッドの下にあったあの鞄だ。


「ワシの・・・ワシの秘蔵の卑猥画コレクションが! お前は老い先短い年寄りの最後の楽しみを奪うというのか?!」

「あなたいつもまだまだ現役とか言っているじゃないですか。これは母上と一緒にかまどの薪に使って夕食を作る事に決まっているんです。きっと温かくて美味しいシチューが出来ますよ」

「お前達は鬼か!」


 血の涙を流すブルータスのオッサン。それほどのコレクションか? あれ。

 鞄の中身を見た事のある会長達は、中の絵を思い出したのか顔を真っ赤にしている。

 いや、一人だけ事情を知らないヤツがいたな。バルバラはしばらくキョトンとしていたが、やがて朗らかな笑みを浮かべた。


「何だか分からないが、私が兄上に許してもらえるように頼んでやろう!」

「「「「必要ありませんわ・ないのです・ない・ないよ!」」」」


 バルバラの意見は何故か女性陣から猛反対されるのだった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

楽しんで頂けた方は、どうかどうかブックマークと評価の方をよろしくお願いします。

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