その12 美しい獲物
俺達は死闘の末ディルハルトさんに精霊と契約してもらう事に成功した。
・・・いや、マジで死闘だったぜ。幕引きは若干肩すかしだった気もするけど。
精霊と契約したディルハルトさんは見違えるように元気に――とまではいかないものの、どうやらかなり体は楽になったようだ。
ディルハルトさんはメイドのクラーラさんが用意してくれた美味しそうな匂いのする麦粥をゆっくりとすすると、疲れが出たのかそのままベッドに横になった。
「今までより貴力の消費は抑えられているけど、それだけ。まだ体が弱い事には変わりない」
青色ゆるふわ髪の美少女ディアナが言うには、いずれは精霊がディルハルトさんの貴力の漏れを管理してくれる可能性が高いそうだ。
そうなれば普通の生活を送るのに不自由はなくなるだろう、との事だ。
「信じられません。あっという間に寝付いてしまいました」
目を丸くして驚いているのはメイドのクラーラさんだ。
ディルハルトさんは横になったらなったで時々呼吸が乱れて、中々寝付く事がなかったんだそうだ。
「みなさまには何とお礼を言ったらいいか・・・」
「あなたが頭を下げる事ではありませんわ」
「そうなのですよ。アタシ達がバルバラのお兄さんにしてあげた事なのです」
「みんなでお屋敷に泊めてもらっているしね」
「まだ安心するのは早い。しばらく様子を見る」
クラーラさんが深々と頭を下げたが、気の良い悪役令嬢対策倶楽部の仲間達は偉ぶらずに自分達の手柄を謙遜した。
これを本気で言ってるんだからな。映画やゲームに登場する貴族のお嬢様っていうのはもっとイヤなヤツらが多かったけどな。
「アルト様」
次にクラーラさんは俺の方へと振り返った。
「今までのご無礼申し訳ございませんでした。初対面で突き飛ばしたり、ディルハルト様のシーツを換えるのを手伝って頂いたり、子供の使いも出来ないダメ人間呼ばわりしてしまったり、血の付いたお茶のセットを洗って頂いたり――」
「そうやって並べられると結構色々やられてるな!」
そりゃあ確かに無礼だわ! まあ俺は平民だし、会長達と違って客というには微妙な立場だから別にいいけどな。
「そろそろおいとましましょうか」
「そうだね。せっかく寝付いたのに起こしてしまったらいけないし」
「静かに出るのですよ」
「後で様子を見に来る」
俺達は再び頭を下げるクラーラさんに見送られて離れを後にするのだった。
俺達が屋敷へ戻ろうとしている途中、ブルータスのオッサンにバッタリ出会った。
「おや、みなさん揃ってどこに行かれてましたかな?」
「そんな事よりオッサン、バルバラと一緒に山籠もりをしてたんじゃないのかよ」
山籠もりじゃなくて裏の林にトレーニングに行ってたんだっけ。まあどっちでもいいか。
「バルバラお嬢様なら、一人で、ええと、さーきっと・・・何でしたかな、それを行いに行きましたぞ。この寒空の下、ジッと待っているのは流石に年寄りには堪えますでな。屋敷で待たせてもらう事にしましたのですわ」
それは多分サーキットトレーニングの事だな。
ランニングと筋トレ等、複数の異なる運動メニューを休まずに連続で行い、心肺機能と筋持久力を鍛えるハードなトレーニングだ。
もちろん俺がバルバラに教えた練習方法である。
・・・・・・
「どうしたんですよ?」
「いや、別に何でもない」
クラリッサにそう答えたものの、俺の心に浮かんだイヤな予感は消えなかった。
・・・いや、やっぱり気になる。
「オッサン、バルバラは林のどの辺に行くって言ってた?」
「ふむ。坊主。お前さん何か気になる事でもあるのじゃな?」
ブルータスのオッサンは日頃からは考えられない程の鋭い視線を俺に向けた。
そんな事を言われても何か根拠がある訳では無いんだが・・・
俺がバルバラに初めて出会った時、アイツは全身鎧を着こんだまま激しいトレーニングをして、ハンガーノック寸前だった。
その後も何度かバルバラの訓練の相談に乗ったので知っているが、アイツは真面目で我慢強いので自分を追い込む傾向が強いんだ。
そんなバルバラが今は林の中で一人でサーキットトレーニングをしているという。
さっきも説明したがサーキットトレーニングは激しいトレーニング方法だ。
俺はそこに事故の予感を感じたのだ。
「だとすれば大変ですわ! 早くバルバラを見つけないと!」
「いや、俺がそう思っただけで、特に根拠のある話じゃないですから」
「けど、もし動けなくなっていたら大変」
「寒い中、林の中に一人で倒れていたら凍死してしまうのですよ!」
「凍死は大袈裟だけど、悪い病気になってしまうかもしれないね」
「ふむ・・・ さーきっと某がそれほど危険がある鍛錬とは知らなんだ。ワシの不覚じゃな」
俺の話を聞いて心配した会長達が騒ぎ始めた。いや、本当に根拠があって言った話じゃないんだけどな。
「よし、坊主、お主も手を貸せ。ワシは林の奥を捜すから、お主は林の中の広場を中心に捜すのじゃ」
「私達も手伝いますわ!」
「ではお嬢様方は着替えていらして下さい。その恰好では林に入れませんから。広場の位置は屋敷の使用人に聞けば分かります。言えば案内してくれるでしょう」
「分かりましたわ。みなさん、急いで着替えて来ましょう」
「分かったのですよ!」
会長達は慌てて屋敷に駆け込んでいった。
「何だか大事になっちまったな・・・」
「では坊主、広場への道だが――」
俺はブルータスのオッサンから簡単に道のりを聞いた。元々迷う程広い林ではないらしい。
とはいっても俺は日本にいた頃は生粋の都会っ子だったからな。
野外実習の時にディアナと森の中を走った時にも足元の悪さに閉口した。
ここも甘く見ない方がいいだろう。
俺に説明を終えると、ブルータスのオッサンは滑るような独特の走り方で林の中に駆け込んでいった。
後で聞いたら、戦場では体が上下に激しく動く俺達のような走り方をする者はいないらしい。
そりゃあ重い鎧で色々な荷物を背負ったまま走ろうとすればああなるか。
さっきの厳しい眼光もそうだが、ブルータスのオッサンは本当に凄い剣豪だったんだな。いつもはエロいダメなオッサンにしか見えないが。
◇◇◇◇◇◇◇◇
バルバラは倒木の陰に身をひそめながら、荒い呼吸を懸命に鎮めようとしていた。
そしてアルトから教わった止血方法を思い出しながら、汗拭き用に持って来ていたスカーフで太ももを強く縛った。
足のキズはそう深くはない。しかしこのままでは、血の匂いがヤツらをおびき寄せてしまう。
ギャアギャア! ギャアギャア!
茂みの向こうから自分を捜す声が聞こえて来た。
バルバラは傷口の処置を終えると、半分に折れてしまった血まみれの練習用の木剣を強く握りしめた。
それは本当に偶然だった。
サーキットトレーニングで林の中を走っていたバルバラは、人間と猿とを足して割ったような存在――亜人とバッタリ出くわしてしまったのだ。
亜人はいわゆるモンスターと呼ばれる生物である。亜人には色々な種類がいるが、総じて狂暴で、人間を見付けると見境無く襲い掛かって来る。
騎士団の重要な仕事として、危険なモンスターの討伐がある。
そのため本来であれば、屋敷の裏の林どころか街道ですらモンスターを見かける事は稀なのだが・・・
「このっ!」
「グギャア!」
間髪入れずに襲い掛かって来た亜人に、バルバラの木剣がカウンター気味に突き刺さった。
しかし亜人は自分の肺に突き立った剣をものともせずに、口から血を吐きながらバルバラに手を伸ばした。
バルバラは必死で剣をこじり、何とか叩き伏せようと力を入れた。
やがて亜人が弱々しく自ら流した血だまりの中に倒れた時、バルバラは折れてしまった剣を手にその場にへたり込んでしまった。
「何でこんな所に亜人が――痛っ!」
どうやら亜人の爪でひっかいたのか、そこらの木の枝にでも引っかけたのか、いつの間にかバルバラのズボンが裂け、ふくらはぎに裂傷が刻まれていた。
バルバラは苦労してズボンを裂いて傷口を露出すると、持っていた水筒の水で傷口を洗った。
「あ痛た・・・ キズが残らないといいけど」
そんな事を考えるバルバラは、剣を振っていてもやはり少女なのだろう。
その時、バルバラは奥の茂みが不自然に音をたてているのに気が付いた。
この林に血の匂いに引き寄せられて集まって来るような肉食獣はいない。
肉食獣どころか鹿などの大型の草食獣すらいないのだ。
だとすれば可能性は一つしかない。
バルバラの顔から血の気が引いた。
バルバラは素早く立ち上がると息を殺してその場を後にした。
亜人は狼のように群れで行動すると聞いている。
そう。さっき彼女が殺した亜人は群れの斥候だったのだ。
亜人は7匹の群れだった。群れの規模としては小規模と言えるだろう。
一番若くて弱い者が、斥候として先行する。
バルバラが出会ったのはその個体だったのだ。
バルバラの血の匂いを覚えた亜人達は彼女を逃がさなかった。
今も彼女の背後から狩人の立てる音が追って来ている。
亜人は人間の女を襲ってはらませて数を増やすと言われている。
バルバラも周囲からそう聞いていたが、彼女の師である元騎士団のブルータスはその噂を否定した。
「亜人は女のはらわたを好みます。そのためヤツらに襲われた村には腹を裂かれた女の死体が残るのです。それを見た誰かが言いだした噂に過ぎません」
「それは・・・それでも恐ろしいわ」
「そうでしょうな。そんな犠牲者を出さないようにお父上のような騎士団が働いているのです」
その話を聞いてバルバラは非常に誇らしい気持ちになったのであった。
「ハア、ハア・・・ ひょっとして追い立てられている?」
人間よりも林の中を駆ける速度の速い亜人は、彼女を囲むように追い立てている。
しかし、亜人の目論見が分かった所でバルバラに抗う術はない。
亜人の戦闘力は種族による差こそあれほぼ人間に等しいと言われている。
そんな相手に多勢に無勢。しかもバルバラの手には折れた木剣しかないのだ。
「せめてどこかで足のキズを手当しないと・・・」
亜人が傷口から流れる血の匂いを追っている事は明白だ。しかも激しい運動で出血が止まる気配はない。
バルバラは大きな倒木を見付けると、飛び込むようにその陰に身をひそめた。
倒木を囲むようにガサガサと茂みが動いた。
出血の手当ては済んだが、どうやら立ち止まったのは悪手だったようだ。
バルバラは自分の判断ミスに臍を噛んだ。
生きながらはらわたを貪り食われる恐怖に、彼女の顔から血の気が引き、紙のように白くなった。
強く握りしめる木剣は小刻みに震えている。
どうしてこんな事に・・・誰か助けて。
ツンと鼻の奥が痛くなり、恐怖に見開いた目にジワリと涙がにじんだ。
ガサリ!
茂みが割れるとあちこちからゾロゾロと亜人達が姿を現した。
バルバラの前に立つのは他より大きなガッシリとした亜人。この群れのボスだろう。
手にはどこで手に入れたのか錆びの浮いた剣を握っている。
滅多に無い獲物に興奮しているのか、全員の口からは白い息と共に泡の浮いた涎が垂れている。
辺りに立ち込める強力な獣臭と圧迫感にバルバラは息をするのも苦しくなった。
バルバラは魅入られたように目の前の醜いケダモノから目を離せないまま――
「うおおおおおおっ!」
その時、少年の雄叫びが響いた。
その声はバルバラの良く知る少年のものだった。
「アルト?!」
「どけ、この野郎!」
アルトは駆け込んだ勢いのまま、驚く亜人リーダーの背中に飛び蹴りを叩き込んだ。
次の更新は月曜日です。
次回「亜人との戦い」




