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その11 奉納勝負

 ディルハルトさんの契約精霊を探すための儀式、精霊盤。

 しかし、現在この部屋は地獄の最前線の様相を呈していた。


「今度は・・・ 選ばれた人が右隣りの頬にキス、って、合コンのゲームじゃねえんだぞ!」

「右隣り・・・ アルト君、もし僕の左隣り(・・・・・)の君が選ばれた場合、この場で僕が吐血しても許してくれるよね」

「大丈夫ですディルハルト様。それはそれで需要がありますから」

「意味不明」


 今、残っているのは俺、ディルハルトさん、メイドのクラーラさん、ディアナの四人だけだ。

 ローゼマリー会長、クラリッサ、エッダの三人は既に脱落している。


 エッダは中々手ごわかったが、最後の最後に指がつって自滅してしまったのだ。

 ちなみにその時のお題は”青唐辛子丸かじり”だった。

 エッダは果敢にお題にチャレンジしたものの、彼女は辛い物が苦手だったようだ。

 「痛ああああ!」と叫ぶと、涙と鼻水を流しながらどこかへ走り去って行ってしまった。

 辛味は痛みと同じ刺激だからな。さもありなん。


 ちなみにクラリッサは猫マネでみんなの足にホッペタをスリスリした後、心がどこか遠い所に旅立ってしまった。

 クラリッサの猫マネは異常に可愛かったよ。

 俺はそんなクラリッサに可愛く足元にすり寄られて、照れ臭いやらなにやらでもうどうしようもなかった・・・

 あの時の俺はどんな顔をしていたんだろうか? 絶対に親兄妹には見せられない顔だったのは間違いないだろう。


「ぐっ・・・クラーラさん、まだそんな余力を残していたんですね!」

「アルト君、力み過ぎだ! 力を分散させてはクラーラに勝てない!」

「無駄ですよ! 最後の力というものはここぞという場面まで取っておくものなのです! あなたは私の力では無く、私の戦略に敗れるのです!」

「心が渇く。争いは虚しい」


 くそっ! クラーラさんが無駄に強敵だ。

 さすがかつては剣豪とうたわれた(らしい)ブルータスのオッサンの娘だ。

 俺はチラリと右隣りのディルハルトさんに目配せをした。

 一瞬のアイコンタクトでディルハルトさんは俺の考えを察してくれたようだ。

 俺が僅かに力を緩めると、ディルハルトさんは力の均衡が崩れたその一瞬の隙を突き、一気に自分の方へとコインを引いた。


「あっ! この卑怯者!」

「よっしゃ! 今回の罰ゲームはディルハルトさんだ!」

「済まないねクラーラ。しかし君が頑ななのがいけないんだよ」

「早くキスをする」


 ディルハルトさんの右隣りはクラーラさんだ。ディルハルトさんはクラーラさんの頬にキスをした。

 なんだろう、ディルハルトさんがイケメンのせいで映画のラストシーンみたいに絵になってるな。


「チッ、さあ次ですよ次」

「クラーラ、お客の前で舌打ちはやめたまえ」


 まあクラーラさんのリアクションで台無しなんだけどな。


「精霊さん、今ので満足してくれましたか?」

「そんな訳ないでしょう、当然『No』ですよ『No』。ほらね、『No』でしょ。さあ続けますよ」


 コインはクラーラさんの言った通り『No』の上に止まった。

 くそっ、精霊のヤツ、今ので『Yes』にしときゃいいものを。

 まあいい、丁度俺もこの人だけは倒さないと収まらないと思っていた所だ。こうなりゃ精霊が満足するまでトコトン相手をしてやるぜ。


「何だか目的が変わってる・・・」

「次は何だ。え~と・・・ ”春をテーマにした創作ダンス”だぁ? 痛い所を突いて来るじゃねえか! 上等だぞこのヤロウ!」

「ふっ・・・ 相手にとって不足はありませんね」

「僕はコレをやったら死んじゃうんじゃないかな・・・」


 俺達は闘志をみなぎらせながら精霊盤に挑んだ。

 ちなみにこのお題はディアナが引き当てた。

 ディアナのダンスは・・・まあ色々と目の保養だったと言っておこう。

 そして目から光の消えたディアナはそのまま脱落するのだった。




 ドサッ、という音を立ててメイド服の女性が冷たい床に倒れ込んだ。


「私は・・・ここまでのようです。でもこの屋敷のメイドは・・・私一人ではありません。いずれ第二第三のメイドが現れて・・・あなた方に復讐を果たすでしょう。先に逝ってその日を楽しみにしています・・・よ・・・」

「クラーラさん・・・手ごわい相手だったぜ。ひとつ違えばあそこに倒れていたのは彼女ではなく俺だったかもしれない・・・」

「・・・恐ろしい試練だった」


 クラーラさんは倒れたまま足をビクビクと痙攣させて動けない。

 彼女は今回のお題”ヒンズースクワット千回”という無茶ぶりに当たり、回数半ばで力尽きてしまったのだ。

 てかヒンズースクワット千回ってプロレスの入門テストかよ。

 俺だって出来ないわ。


「ディルハルトさん。いよいよ一対一ですね」

「いいだろう。勝っても負けても恨みっこ無しだよ」


 闘志を高め合う俺とディルハルトさん。

 心のどこかで冷静な俺が「あれ? 俺達何をしていたっけ?」と当然な疑問を呈している気もするが、心身ともに疲れ果てた今の俺達にはそんな理性の声は届かなかった。


「ええと・・・ ”あっちむいてホイ”ですか」

「なるほど。どうやら精霊も完全決着を望んでいるようだね」


 俺は立ち上がるとディルハルトさんの前に立った。

 緊張にゴクリと俺の喉が鳴った。

 いよいよ最後の戦いだ。

 多くの仲間の命を奪った(※注 誰も死んでいません)長い地獄の罰ゲームもこれで終わりを告げる。


「いきますよディルハルトさん! 最初はグー!」

「パーだ! あっちむいてホイ!」

「えっ?! あ、あれ? あ、しまった!」


 グーを出した俺はディルハルトさんのパーに負け、動揺した俺はディルハルトさんの指の動きにつられて、差された方へと向いてしまった。


「僕の勝ちだね」

「え、ちょっと今のは待って下さい! もう一回、もう一回お願いします!」


 えっ? こんなにあっさり? いやいや、今のは違うだろう、ジャンケンの掛け声だし、ノーカンだノーカン。

 あんなのサッカーで、キックオフのボールを奪って相手ゴールにシュートするようなもんだろうが。


 俺はどうしても納得できずに泣きの一回を頼み込んだ。そんな俺の目の前でディルハルトさんの体がフワリと柔らかな光に包まれた。

 えっ? どういう事?


「あっ?! まさか今のって――」

「ん? どうかしたのかい?」


 ディルハルトさんは自分の変化に気が付かなかったのかキョトンとしている。

 俺は慌てて精霊盤に手を伸ばした。


「精霊さん、ひょっとして今、ディルハルトさんと契約したんですか?」


 この時、焦った俺はついコインを指ではじいてしまった。はじかれたコインはスルスルと盤上を滑ると、『Yes』の文字の真上で不自然にピタリと止まったのだった。




 日本の国技・大相撲。その大相撲の起源は神の前で闘う奉納勝負が元になっているという。

 日本を代表する大長編格闘技漫画でそんな事を言ってた。


 どうやら俺達の戦いがその奉納勝負のような形になったようで、妙に精霊のお気に召したらしい。

 結果としてディルハルトさんは無事に精霊と契約する事に成功したようだ。


「これは・・・ 予想外」


 ようやく正気に戻ったディアナがいつもの眠そうな目を丸くして驚いた。

 ディアナにとってもこれは想定外の出来事だったらしい。

 しかも今回ディルハルトさんには、中々お目にかかれないほどの格の高い精霊が契約を結んでくれたんだそうだ。


「それは良い事なんですの?」

「良い。というよりこれ以上の望みはない」


 同じく正気に戻ったローゼマリー会長の問いかけにディアナは大きく頷いた。

 ちなみにエッダとクラリッサの魂も無事に肉体に戻っている。

 みんな意外とタフだな。



 最初ディアナは、ディルハルトさんが精霊と契約する事で性悪妖精が寄り付かなくなる事を狙っていた。

 つまり、ディルハルトさんの貴力消耗の悪化を防ぐ、というのが今回の精霊契約の目的だったのだ。


「でもこれ程力のある精霊なら、貴力の漏れをコントロールしてくれる可能性が高い」


 貴力というのは魔法を使う時に使用されるMP的なモノの事だ。

 以前、この貴力の漏れを酒樽に例えたと思うが、ディルハルトさんの体は栓の緩んだ酒樽のようなものなのだ。

 緩んだ栓からは常に酒がこぼれ出し、その酒の匂いを嗅ぎつけてやって来たのん兵衛妖精共が常に悪さをしている。これが今までのディルハルトさんの状態だった。

 今回契約してくれた高位精霊はそののん兵衛妖精共を追い払ってくれたばかりか、ディルハルトさんが自分では動かせない元栓を締める手伝いまでもしてくれるというのだ。


「精霊ってそんな事も出来るんですよ?!」

「普通は無理。でもこの人の場合は例外。管理を放棄している状態だから」

「放棄って・・・まあ言いたい事は分かるけどな」


 俺達の会話をディルハルトさんはぼんやりと聞いていた。


「ディルハルトさん?」

「ん? あ、ああ、済まない。何だろうね、体がポカポカして・・・どうしたんだろうか?」

「そんなに直ぐには変化は起きないはず」


 ディアナは否定するが、ディルハルトさんの耳には入っていないようだ。


「指先の感覚が・・・ そうか、指先が冷えていないからか。この部屋は意外と暖かかったんだな。こんなに大きく呼吸をしても・・・咳き込まない。不思議だ。それに無造作に体を動かしてもどこも何ともない。今までだったら余分な負担をかけないように注意して動かないといけなかったのに」


 どうやら今までのディルハルトさんは、俺達が思っていたよりもかなり危険な状態だったようだ。

 少しばかりの変化で驚くほど体が楽になったらしい。


「クラーラ。お茶と、何か軽い物はないかな。今ならきっと何か食べられそうな気がするんだ」

「! わ、分かりました! ただいま持って参ります!」


 クラーラさんは倒れていた床から跳ね起きると慌てて離れを出て行った。

 俺の目には彼女の目は涙でうるんでいるように見えた。


「ありがとう君達。まだあまり実感はないが・・・実は正直言って僕は君達の話を信じていなかったんだ。本当に失礼した」


 ディルハルトさんはそう言うと俺達に頭を下げた。

 まあ普通に考えて、信じろという方が無理があるだろうな。

 ディルハルトさんは、子供の頃から何度も高名な医者や有名な呪い師の診断を受けていたという。

 それなのに治っていないという事は、診断された回数と同じ数だけ裏切られて来た事になるわけだからな。

 ブラリと遊びに来た妹の友達の言葉を信じる方がどうかしてるだろう。


「とんでもないですわ。こちらこそバルバラのお兄様のお役に立てたご様子で嬉しいですわ」

「良かったのですよ!」

「うん。ウチらも体を張って手伝った甲斐があったよ」

「念のためしばらく様子を見る」


 素直に喜ぶみんなと違ってディアナはあくまでも慎重だ。ディアナは幼い頃からアスペルマイヤーの大魔女と呼ばれるひいお婆ちゃんから魔法を教わっていた。

 そのため彼女は魔法の使用や精霊に関する事には、日頃のぐうたらな態度からは考えられない程神経質になるのだ。

 誰よりも精霊の危険性を知っているからこそのこの反応なんだろうな。


「自分の体調が良くなったから言う訳じゃないが、僕が妹の兄というだけで君達がこんなに一生懸命になってくれた事が僕には何よりも嬉しかったんだ。今後も妹と仲良くしてやって欲しい」

「もちろんですわ! もう私達は気のおけないお友達ですもの!」


 あ~、会長そういうの好きですからね。

 会長の言葉にみんなも同意したのかその顔に笑顔が浮かぶのだった。

次の更新は金曜日です。


次回「美しい獲物」

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