その10 精霊盤
翌日。今朝も俺達、悪役令嬢対策倶楽部のメンバーはディルハルトさんの住む離れを訪ねていた。
ちなみにこの場にバルバラはいない。
どうやら昨日一日では例のメニューをこなせなかったらしく、今日は昨日の残りもこなすべく、早朝からブルータスのオッサンを連れて裏の林まで出かけたんだそうだ。
そんなに無理して大丈夫かアイツ。この寒空に付き合わされるオッサンも気の毒に。
「なるほど。僕の体が弱いのはそんな原因があったんだね」
俺達の説明を聞いてウンウンと頷くディルハルトさん。
ローゼマリー会長達が青ざめたほどのヤバ目の話の割には、本人の反応は随分と軽かった。
「あ、いや、君達の話を信じていない訳じゃないんだ。でもほら僕はこんな体だろ? 昔から医者や呪い師の類にはよく診てもらっていたから」
そう言ってディルハルトさんは苦笑した。
なるほど。子供の頃からその手の話を聞かされていれば、「ああ、君達はこういう話をするんだな」としか感じられないか。
本人が軽いノリなんでつい忘れそうになるけど、この人ってハードな人生を歩んでいるんだよな。
「精霊が契約すれば妖精が近寄れなくなる。最低でも今以上の悪化は防げる」
人間と精霊が契約すると、その人間はその精霊の縄張りとなり、他の精霊が近寄れなくなるのだという。
当然、精霊とほぼ同一の存在である妖精もその人間に近寄る事が出来なくなる。
つまり、これ以上ディルハルトさんの貴力を妖精に奪われずに済むようになる、という訳だ。
ちなみに精霊との契約とは、ある意味男女の結婚のようなもので、一夫一妻、生涯その精霊と人間はパートナーでないといけないらしい。
そのため、魔法使いに使役される事を好む精霊は、その魔法使い以外の頼みで魔法が使えなくなるため面白くないらしく、魔法使いの方も、特定の精霊と契約をしてしまうとその精霊の使える魔法以外の魔法が使えなくなるので、お互いメリットよりデメリットの方が大きいんだそうだ。
こういった理由もあって、好んで契約する精霊と魔法使いはほとんどいないんだとか。
魔法使いと精霊って魔法だけのドライな関係なんだな。
ここでハイ、と手を上げるメイドのクラーラさん。
「精霊と契約といってもディルハルト様は魔法を使えませんが?」
「契約に魔法は必須ではない」
精霊の中には直接的に魔法を使う以外の方法で人間の役に立ってくれるものもいるそうだ。
あれだ。ゲームでいえばパッシブスキルみたいな感じ。ちなみに魔法はアクティブスキルだ
もちろん普通の精霊はパッシブ方面の協力は好まない。
人間の指示で魔法を使う、その行為自体が彼らにとって娯楽みたいなものだからだ。
「なら僕と契約する精霊もいないんじゃないかね?」
「そうでもない。精霊の中にも極まれに変わり者がいる」
有名なところではこのリンプトハルト王国を建国した初代国王は精霊と契約した人間だったんだそうだ。
もちろん彼は男なので魔法は使えなかった。
とはいえ、どうせ精霊は誰にも見えないわけだし、初代国王を神格化しようと後世の誰かが考えた眉唾な伝承なんじゃないか、と俺は睨んでいる。
そんな歴史背景もあってか、この国では昔から魔法の習得が盛んに行われている。
俺達の通うメッテルニヒ魔法学園もその一つだ。
ただし国によっては魔法を邪悪なものとして忌避する傾向もあるんだとか。
おっと、話が逸れてしまったな。
話を戻すと、他にも強力な精霊――例えば先日俺達が野外実習先のタウアー湖畔の森で出会った古くて巨大な精霊みたいな――が相手の場合、その精霊の力を独占するために、頼み込んで契約を結んでもらう事もあるそうだ。
そりゃまあ他の精霊をまとめたよりも強力な魔法を使えるなら、絶対にそっちの方がお得だよな。
そして長い精霊と魔法使いとの歴史の中で、契約用の儀式も研究・開発されているのだった。
「なるほど。さっきから君達が準備しているそれがそうなんだね」
「そう。これで今から儀式を行う」
その名も”精霊盤”。昨日ディアナの指示で俺達が作った契約儀式用のアイテムだ。
部屋にセットされているのは50cm四方の板。一番上には左から『Yes』・『錨マークみたいなもの』・『No』。その下にはズラリとこの世界のアルファベットが並び、一番下には0から9までの数字が書かれている。
これが”精霊盤”である。
儀式にはこの”精霊盤”と、500円玉を一回り程大きくしたような金属のコインを使う。
「これが精霊契約の儀式・・・」
「先ずは精霊門(*注 錨マークみたいなもの)の上にコインを置く。みんな集まって」
この儀式、参加する人数が多い方が精度が上がるらしい。
俺達はディアナの指示通りに精霊盤の周りに集まった。
「みんな人差し指をコインの上に置いて。体から力を抜いて。自然に身を任せて」
「な・・・なんだか緊張するんですよ」
ビビリのクラリッサが、早速キョドっているな。
「ビビりじゃないんですよ!」
「キョドっているのは認めるんだ」
「二人共真面目にやろうね」
エッダにたしなめられ、俺達は咳をして誤魔化した。
「じゃあ始める。精霊さん、精霊さん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『Yes』へお進みください」
「コ・・・コインが動き始めましたわ!」
「ローゼマリー落ち着いて。コインから指を離しちゃダメ。『Yes』 これで精霊と繋がった」
「精霊がこの部屋にいるんですね」
いつもは暴走気味なクラーラさんだが、目に見えない精霊相手では勝手が違うのか神妙な顔つきになっている。
こうしてディアナの主導による精霊との交信が始まったのだった。
というか、いい加減そろそろツッコんでもいいだろうか?
何やらそれっぽく”精霊盤”とか呼んでるけど、これって要は”こっくりさん”だよな。
おそらく”こっくりさん”を知らない人はいないと思うので詳しい説明は省く。学校の休み時間にクラスの女子が遊んでいたのを見たことがあるヤツも多いだろう。女子は占いとか好きだからな。
確かウチのクラスの女子は”こっくりさん”じゃなくて”キューピッドさん”って呼んでた気もする。まあ似たようなもんだろう。
ちなみに海外でもこれに良く似た”ウィジャボード”というものがあるらしい。
昔、遊〇王でウィジャ盤デッキを組んでた友達が教えてくれた。そういやアイツのデッキはあまり強くはなかった気がするな。小学生が回すにはロックデッキは難しすぎたのかもしれない。
「精霊さん、精霊さん、ここにいるディルハルトと契約してくれる精霊はいませんか?」
「動かないね」
「何か条件を出したらどうだろうか?」
「そうですわね。精霊さんから何か希望を聞いて、そのお礼に契約して頂くというのはどうでしょうか?」
「あっ! コインが動きはじめました!」
コインは精霊盤の上を滑り、いくつかの文字の上で止まっていった。
「い・つ・ぱ・つ・ぎ・や・ぐ・・・ 一発ギャグ? 何かギャグをやれって事か?」
精霊からの要求にしては随分と俗っぽい内容だな。
「一発ギャグ・・・ 自信はないけどそれで精霊が私と契約してくれるなら」
「ちょっと待つのです。まだコインが動いているんですよ」
コインは真っ直ぐに動くと文字列を離れて俺の目の前で止まった。
「・・・どういう意味だ?」
「え~と、多分アルトに一発ギャグをやって欲しいっていう意味なんじゃない?」
はあっ?! 何で俺なんだよ!
「精霊さんがそう望んでいるんですわ。・・・多分」
「覚悟を決めてやるんですよ」
「済まないね。出来るなら変わってあげたいけど」
「精霊に代わって私が採点致しましょう」
申し訳なさそうなディルハルトさん。そして血も涙もないクラーラさん。
他のみんなは心配そうな顔で俺の方を見ている。
くっ・・・ やればいいんだろう。やれば。
俺は覚悟を決めると勢いを付けて叫んだ。
「俺達、動物王国のムツ四兄弟! ムツタロウ! ムツジロウ! ムツサブロウ! ムツシロウ! ――って、何でゴロウがいないんだよ、動物王国なのに!!」
「「「「「・・・・・・?」」」」」
しまったあ――――っ! ムツゴロウさんを知らない異世界人には通じないギャグだった――っ!
「勢いは買いますがそれだけです。意味が分かりませんね。15点で」
「滑ったのは分かってるから! 採点しなくていいですから!」
「あっ! またコインが動き始めたのです!」
コインは数字の5の上で止まった。
「これは――5点ということなのでしょうか? 5点満点評価ではないですわよね。随分と厳しいですわ・・・」
「芸事の道は厳しいと聞く。若手のうちは叩かれて伸びるんだろうね」
精霊の酷評に衝撃を受けるローゼマリー会長。そしてあなたは何者なんですか? ディルハルトさん。
というかもうほっといてくれ。これ以上傷口に塩を塗り込むようなマネは止してくれ。
「これじゃ流石に契約は無理。他の方法を考える」
「おや、また動き始めましたね。今度は、ね・こ・ま・ね・・・ ”猫マネをしながら全員の足にホッペタをスリスリする”ですか」
「「「「「「?!」」」」」」
俺達の間に緊張が走った。
「ちょ、アルト、力を入れるのはズルいぞ!」
「馬鹿かエッダ! 俺とディルハルトさんがやったら犯罪だろうが!」
「まあ確かに。僕達がやるのはちょっと・・・」
「だからって何でアタシの方に押すんですよ!」
「み・・・みなさん落ち着いて! 力を入れてはダメと最初にディアナが言っていましたわ!」
「はっ! そ、そう、力をいれてはいけない」
「あなた目が泳いでいますよ?」
俺達は全力で自分以外の人間にお題を押し付け合った。
既に精霊盤は精霊による罰ゲームの場と化していた。
俺達の戦いは始まったばかりだ!
次の更新は火曜日です。
次回「奉納勝負」




