その9 タチの悪い妖精達
バルバラの屋敷の庭の片隅で、俺は青色のゆるふわヘアーのディアナから、聞き捨てならない話を聞かされていた。
「ディルハルトさんが妖精に魅入られているって?」
ディアナによると、バルバラの病弱な兄・ディルハルトさんは妖精に魅入られていて、今のままだと命の危険があるというのだ。
というか――
「というか妖精なのか? 精霊じゃなくて」
この異世界には精霊が存在している、らしい。らしい、と言うのは精霊は人間の目には見えないからだ。
ならばなぜ精霊の存在が分かるのかといえば、一部の人間は精霊を使役する事で魔法を使う事が出来るからだ。
・・・まあ正直、中身はバリバリの現代人の俺からすれば、そんな事で精霊がいる事の証明になるというのは疑問でしかないんだが。
とはいえ、自由自在に魔法が使えるディアナがそう言っているんだから、信じる他はない。
ここは異世界だからな。地球の常識が通じなくても仕方が無いんじゃないか?
「精霊も妖精も本質的には同じ。人間が呼び分けているだけ」
ディアナが言うには、”精霊”も”妖精”も存在としては同じものなんだそうだ。
人間に使役されて役立ってくれる存在が”精霊”で、人間の事なんてどうとも思っていない存在が”妖精”と呼ばれている、という事らしい。
まあ薬品だって、人間の体から見れば同じ劇薬でも、人間の体を治せば”薬”で、体を壊せば”毒”って呼ばれるわけだからな。
そういう呼び分けは普通にあってもおかしくないだろう。
「そう。それでディルハルトにはあまり良くない妖精が憑いている」
「ひょっとしてディルハルトさんの体が弱いのって!」
ディアナはフルフルとかぶりを振った。
その振動が体を伝い、豊かなふくらみがフルフルと揺れた。
ごっつあんです。
「? アルト?」
「あ、いや、何でもない。妖精が原因じゃないって言うんだな?」
「そう。原因は違う。でも悪化させている原因という意味なら正しい」
「分かった。詳しく教えてくれ」
俺はディアナから詳しい説明を聞いた。
「・・・なるほど。なあ、今の話を会長達にもしていいか?」
「・・・アルトがそう言うなら」
ディアナは少し気が乗らない様子だったが、彼女にだって今の話に人の命がかかっているという自覚はある。
いつもの眠そうな目に精一杯力を込めてコクリと頷いた。
「よし。だったらみんなが揃っている間に話をしよう」
俺達は急ぎ足で屋敷へと戻った。
外で話し込んでいたんで体も冷えたしな。
幸いまだみんなさっきの部屋に集まっていた。
「丁度良かった、みんな、ちょっとディアナの話を聞いてくれ」
「何だい? 穏やかじゃない雰囲気だね」
黒髪前髪パッツン美少女エッダが訝し気な表情を浮かべた。
流石エッダ。相変わらず勘が良いな。
エッダの言葉に会長達も俺の表情がさっきまでと違う事に気が付いたようだ。
「分かりましたわ。お話を伺いましょう」
ローゼマリー会長の言葉にみんな小さく頷いた。
「ディルハルトは良くない妖精に魅入られている」
「妖精ですって?!」
ディアナの言葉に驚いて目を見開くローゼマリー会長。
「妖精・・・ 確かに、悪い妖精が人間を呪い殺すって話を聞いた事があるね」
「バルバラのお兄さんは妖精に呪われているんですよ?!」
エッダの言葉にビビるクラリッサ。
「違う。この場合むしろ原因はディルハルトの方にある」
「どういうことなのですか?」
ディアナはあれで意外と感覚派で他人に説明をするのが得意じゃない。――いやまあ、俺だって褒められたもんじゃないが。
けど、ディアナよりはまだマシな方だろう。
ここからは俺がディアナに代わって説明をする事にした。
「ええとですね、ディアナが言うには人間が精霊に魔法を使ってもらう際には、その代価として体からMP的なモノ――じゃなくて、”貴力”というものを譲渡する必要があるそうなんです」
「ええ、学園の授業でもそう教わりますわ。貴力は人間の体から生み出される目に見えない物ですが、人間にも貴力を生み出せる者と生み出せない者とがいて、私達貴族は貴力が生み出せるからこそ魔法が使えるのですわ」
貴族のくだりは知らなかったが、ローゼマリー会長の言う通りだ。
「貴力は貴族の女にしか生み出せないのですよ。だから魔法は女が使うのです」
会長に負けじとクラリッサが知識を披露した。
そうそう、丁度今、俺もそれを言おうと思っていた所なんだ。
「貴力は女性にしか生み出せない。でも極まれに男でも貴力を生み出せる人間もいるんだ」
「! それってひょっとしてバルバラのお兄さんの事を言っているのかい?!」
エッダの言葉に会長とクラリッサが目を丸くして驚いた。
「そうだ。ディルハルトさんは体の中に貴力を生み出す器官を持って生まれて来たんだよ」
貴力を生み出す器官は女性の第二次成長期に合わせて体の中で発達するらしい。
そうして体の成長に合わせながら貴力の生成をコントロールしていくんだそうだ。
ところが、男でありながら生まれつきその器官を持っていたディルハルトさんは、コントロールが出来ないまま、いびつな成長を遂げてしまった。
ディアナが言うには、今のディルハルトさんは体から貴力を駄々流ししている状態なんだそうだ。
「それでも、他人より体が弱かったり他人より疲れやすい程度で済む可能性はあったんだそうです。しかし、ここにディルハルトさんから漏れ出した貴力に目を付けた妖精達がいた」
さっきも言ったが、精霊は魔法の代価に貴力を貰う。つまり貴力を好物とする精霊が多いという事だ。
それは精霊とほぼ同質の存在である妖精にとっても変わらない。
そんな貴力をディルハルトさんは駄々流しにしている。
妖精にとっては見逃せない物件だろう。
こうしてディルハルトさんの周りには、働かずに貴力のおこぼれを貪るぐうたら妖精がたむろするようになってしまったのだ。
「違う。たむろするだけならまだ良かった」
「どういう事なんですの?」
そう、妖精達は図に乗って、今では積極的にディルハルトさんの貴力を奪っているというのだ。
例えて言うなら、ディルハルト酒造の蔵の中に、栓が弛んでチョロチョロと酒がこぼれている酒樽があるとする。この場合は酒が貴力にあたるわけだな。
それを見付けたのん兵衛妖精共が酒樽の周りにたむろしては、こぼれた酒をペロペロと舐めていた。
今まではそれで満足していたのん兵衛共だったが、遂に図々しくも樽の栓に直接口を付けてチューチューとすすり始めた。
当然自然にこぼれるよりも樽の中の酒の減りは早くなる。
今はまだ辛うじて樽の中に酒を継ぎ足す速度の方が勝っているものの、あまりにものん兵衛共が吸うものだから栓の緩みがかなり大きくなっている。
このままだと、そう遠くない未来に継ぎ足すより吸われる量が上回って樽の中身が空になる――ディルハルトさんの貴力が尽き果てる、という訳だ。
「貴力が尽き果てるとどうなるんですよ?」
「死ぬような事は無い。酷く衰弱するだけ」
魔法を使いすぎると貴力が枯渇する。
その状態は体を動かして体力を使い切った状態によく似ているんだそうだ。
そしてディアナは衰弱するだけと言ったが、ディルハルトさんの場合は条件が異なる。
貴力が尽き果てても妖精の欲望は止まらないからだ。貴力が生み出される端から妖精に貪り食われてしまう。
つまりディルハルトさんはずっと衰弱状態が続くという事になるのだ。
そんな状態がいかに危険かは言うまでもないだろう。
HPは常に1で、バッドステータス――バイキンや病原菌に対する抵抗力はほぼゼロに近くなるのだ。
無菌室にでも籠っていないと生きていられないかもしれない。
あまりに絶望的なディアナの説明に会長達は青ざめてしまった。
「そんな・・・ 一体どうすれば」
「方法はある」
ディアナによると方法は三つあるそうだ。
一つは当然ディルハルトさんが貴力をコントロールする事。
貴力の洩れさえ無くなれば妖精は去って行くからだ。
しかし、この方法は現実的には不可能だ。
なぜならディルハルトさんは貴力をコントロール出来ないからだ。出来るなら最初からこんな事にはなっていない。
もう一つはディルハルトさんの周囲の妖精を追い払う事。
現時点では漏れ出す貴力はまだ生産量を上回ってはいない。
これ以上の悪化を防げば最悪の事態は避けられるだろう。
しかし、この方法にも問題はある。抜本的な解決にはならないのだ。
仮に今いる妖精を追い払う事に成功したとしよう。しかし、しばらくすれば別の妖精が集まって来るに決まっている。
そうなってしまえば元の木阿弥だ。ひょっとしたら今よりタチの悪い妖精がやって来るかもしれない。
残った方法は一つ。
難易度は高いが、ディアナはこの方法ならいけると考えているようだ。
「物好きな精霊に、ディルハルトと契約してもらう」
次の更新は土曜日です。
次回「精霊盤」




